音を立てないよう、静かに玄関の扉が開かれる。
現れた顔が、玄関先に座る私を見て驚きに変わった。
私は口元に笑みを浮かべると、硬直している彼の手を引く。
そのまま部屋へと移動した。
ベッドに座らせて、前髪を優しくかきあげる。
――右の瞳がなくなっていた。
本来黒く染まっているべき場所は、ぼんやりと白い。
そっと眼鏡をはずして、侑子さんから貰ってきた眼帯をつけると、
ようやく居心地悪そうに肩が動く。
思わず頭を撫でると、力を込めていた眉間がふと緩んだ。
「おかえり、君尋」
「……ただいま、雪里さん」
「隻眼になると距離感が掴めなくなるらしいから、動く時には充分
気をつけてね」
「うん」
頷いて、小さく笑う。
自覚はないだろうけど、優しいこの子もちゃんと分かる時がくる。
犠牲的な優しさがどれほどに残酷なのか。
君尋を大切に思ってる人たちを、どれほど傷つけるのか。
……まあ、とはいえ。
まったく前の記憶がない私が言えることじゃないんだけど……。
前の自分がどんな風だったのかなんて、知らないし。
かなりの自己満足かもしれないっていうのは、分かってる。
だけどこの先ずっと記憶が戻らずに過ごしていくなら、
今の私のままで、これからを生きていくだけだと思うんだ。
「……雪里さん、ありがとう」
「別にこんなのどうってことないよ」
そう、どうってことない。
私にはこれからの君尋に比べたら、これくらいどうってことないから。
だから気づいて。
ひとは、ひとりじゃないんだよ。
NEXT.