君尋が店を出て行って少しばかり経つ。
けれど、部屋の中はとてつもなく静かだった。
「侑子、さん」
「何かしら? 雪里」
私は体育座りをして壁に背を預けながら呼びかけてみると、
思いのほかすぐに返ってくる返事。
でも侑子さんの膝の上にいるモコナと、私の両隣に座っている
マルとモロはやっぱり悲しそうな顔をしてる。
カランと、侑子さんの手にするグラスの中の氷が音を立てた。
「私、朝、ゆめを――みたんです。君尋が何かに引っかかってて、
百目鬼君が右目を抑えてる、ゆめ」
侑子さんがちらりと私の方へ視線を向ける。
「これは、なんですか?」
「……それは“先見”ね。“夢見”とも言うわ。未来を夢で知ること。
雪里はこれから起こる出来事を、夢で視たということよ」
「……私、以前もこんなことが出来たんでしょうか?」
「さあ」
侑子さんの答えは、たったその一言。
……今は何も覚えてないからかもしれないけど、こんなことは
出来なかったような気がするのに。
不思議なものが視えることは、ぜんぜん怖くない。
それなのに、心がざわついてる。
夢を視たから――?
それとも、君尋が百目鬼君の蜘蛛の恨みを自分にうつしてるから?
店を出ていった君尋がしているソレは、自分に自覚はなくても
“自己犠牲”だ。
私は戻ってきた君尋に、何て言えばいい?
私は戻ってきた君尋に、どんな顔をすればいい?
ことの次第を聴いた君尋が、恨みを移す方法を教えて欲しいと
いきなり言い出したことに、私はかなり驚いた。
人の恨みを自分に移すなんて……。
そして侑子さんが止めようとせず、簡単に方法を教えたことにも
驚いたけど、私は止めることも咎めることも出来なかった。
本人は否定するけど、君尋は“やさしすぎる”んだ。
「雪里」
「……はい。」
「あの子は分からなくてはいけない。理解しなくてはいけない。
変わらなくてはいけない」
代わりに自分が傷つくことで、周りの人がどれだけ傷つくのかを。
自分はそれでいいと思っていても、された人は全く違うのだと。
君尋はきちんと知らなくてはいけない。
侑子さんは君尋に、ちゃんと教えないといけないんだろう。
彼のやさしすぎるがゆえ、無意識に行う“自己犠牲”というものが、
周りにとってどういうことなのか……。
「あなたはそれを知っている。なら、今まで通りでいいの」
「……侑子さん……」
「「雪里」」
「四月一日なら大丈夫だ」
マルとモロがぎゅうっと私の手を強く握ってくれる。
モコナも頭に乗っかってきて、小さな手でぽんぽんと軽く叩いてくれる。
――うん、侑子さんの言う通りかもしれない。
私は私のままで君尋に接しよう。
……今の私にはそうするしか出来ないんだ。
NEXT.