聞きたいことが山ほどあるけど、ゆったりした女性の前では
焦らなくてもいいと思える雰囲気に包まれる。
部屋に焚かれているお香のおかげなのか、それともこの女性の
気質が思わせているものかは、よく分からなかった。
女性は軽く私の頭を撫でて、優しく微笑む。
……あれ……?
こういうのって前にもあったような気がする……?
「私は壱原侑子よ。ここ、“願いを叶える店”の店主をしてるわ。
さっき部屋から出て行ったのはバイトしてる四月一日と、
あたしの助手のマルとモロよ。そして……この子はモコナ」
「モコナ=モドキ!よろしくなっ!」
「あ……よ、ろしく……?」
しゅたっ!と小さな手を上に上げて、元気よく私に向かって
しゃべったのは黒ウサギのおまんじゅうことモコナ。
私はあっけに取られながらも、軽く頷いた。
それにしても“願いを叶える店”って、そんなの本当に存在するの?
いや、でもこの人なら何か出来ないことも出来そうな感じ。
まあ見たことのない生物(?)であるモコナがこうしてはっきりと
しゃべってる時点で、色々とありそうなのは分かるんだけど。
とりあえず、名乗られたからには私も名乗らないと……。
「えっと、わた、し、は……」
ぷつりと、続けようとする言葉が途切れた。
名前を名乗られたからには、自分も名前を名乗らなければ。
それは当たり前、常識中の常識。
それなのに?
「……分か、らない……?」
自分の名前が、自分の素性が、自分の過去が、自分の現在が、
自分の夢が、自分の目的が、自分の何もかもが――
全 て 消 え て い る ?
愕然とした私を見て、女性はさも当然といったように頷いた。
これって一体どういうことなの……?
「……言ったでしょう?ここは“願いを叶える店”なのよ。
願いを叶える為には対価がいるわ。叶えてほしいという願いに、
一番見合った、それ相応の対価を払ってもらうの」
――等価交換。
頭に浮かんだその言葉。
何故か心に残って、じわりと染み付いていく。
得るために差し出す、とうかこうかん。
「――貴女には叶えたい願いがあった。とても強い願いが。
だから勝手に飛ばされてきたのであれ、この店に落ちたのは必然。
衝撃で意識が混沌としながらも、貴女はあたしに願ったわ」
「……きお、くが、対価……です、か……?」
「そうとも言えるし、違うとも言えるわ」
……どういうこと?
侑子さんは読み取れない不思議な笑みを浮かべる。
そして、私をじっくりと見た。
自分に関する記憶を全部失ってまでも、叶えたい願い。
そんなものを私が持っていたなんて……。
記憶を失う前の私は、一体何を、願っていたんだろうか?
NEXT.