「アール」
名前を呼ばれて振り返ると、セツリがこっちに歩いてきた。
セツリは母さんに助けられたっていう人で、その時に僕と兄さんにも
会ってるみたいだけど……僕と兄さんはそのことを思い出せない。
セツリは笑って 『幼かったから』 と肩をすくめてた。
でも……僕にはあの時セツリが……。
「どうしたの?」
「うん? ちょっと語らいたいなと思ってね。イーストシティでは結構
慌しかったし、あんまり話せなかったから……と、いうのは建前。
実は、ピナコさんがちょっと昔のことを話しててね」
「そうなんだ。ごめんね、僕たち、全然思い出せなくて……」
くすくすと笑うセツリに、僕はまた謝る。
するとセツリはきょとんとする。
だけど、すぐに笑顔に戻って横に首を振った。
「アルもエドも気にしすぎだよ。私は本当に気にしてないから、
そうやって謝るのは止めてね?」
ぽんぽん、と手のひらで軽く僕の頭を叩いてにっこりと微笑んだ。
ふと、何故だか僕の感情がざわつく。
そして無意識のうちに、僕は言葉を発していた。
「――どうしてセツリは……僕のこの体のこととか、聞かないの?」
ただ、母さんの笑顔がもう一度見たかった。
だけどその対価は僕の身体を、兄さんの足を持っていった。
そして兄さんは、連れていかれた僕のことを助けようと自分の片腕を
差し出して、僕の魂を練成してこの鎧に定着させた。
……でも、今まで僕の鎧の中を見た人は 『中身がない』 と
驚いていたのに……セツリだけは鎧の中がからっぽだと知っても、
どうしてだか僕たちに理由を問いかけてこない。
まるで……何もかも知ってるような笑みを浮かべるのは、
どうしてなの……?
そしてその笑みはどうして――。
「……アル」
しばらく黙っていたセツリは、静かに僕の名前を呼んだ。
ただまっすぐに、セツリは僕のことを見てくる。
「アルにとって、その身体はどういうもの?」
どんな風に答えたらいいのか。
セツリがどんな答えを欲しがっているのか。
それが分からなくて、とっさに答えようとした言葉が詰まる。
この身体は兄さんがくれたものだ。
片腕を差し出して魂を戻して、定着させてくれた身体。
そこまでしてくれた兄さんを恨んだことなんてない。
恨むなんてことが、出来るわけないんだ。
それじゃあ、僕にとってこの身体は何……?
「私は……その時、二人の処にいなかったから、よくは分からない。
でも、私はアルの身体を否定なんてしないよ。身体がどんなであれ、
アルはアル……それだけなんだから。エドの右腕と左足もね」
くるっと背を向けて軽く空を仰ぐセツリ。
だけど、すぐに僕の方を振り向いて微笑んだ。
「覚えておいて、アル。結果はそうだったのかもしれない。
だけど、その動機は? その過程は……? 他人から見たら確かに
結果が全てかもしれない。それでも私は、罪と罰が全てイコールで
結ばれるとは思えないこともあるんだ。……こうしてある結果を、
そうだと決めつけるには、まだ早いからね」
それだけ言うと、セツリはその場をゆっくり離れていった。
ねえ、セツリ。
今の言葉……僕には何だかよく分からなかったけど。
いつかは、それが分かる日がくるのかな?
ただ僕と兄さんのしたことを、責めたりしないのは分かる。
それは安易な同情でも、下手な慰めでもないように聞こえたんだ。
何で手を差し伸べてくれるの?
何でとても辛そうな顔で笑うの?
どうして、僕はそれが懐かしいと思うの?
久しぶりに思いきり泣きたくなった。
NEXT.