ふっ、と目が覚め。
フェルはぼんやりと腕の中から顔をあげた。
机の上には書きかけの手紙と封筒がある。
手紙に書くべきことは数えきれないほど多いはずなのに、
何故だかたった数行しか書けていない一枚の便箋。
フェルは小さく息を吐くとゆっくりと店へ戻り、
窓辺に置かれた水盆の中へと小粒の紫の石を入れる。
たちまちその石は水に溶け始めた。
キン――と、フェルにしか聞こえない音が響く。
いわば、結界である。
日光、月光をよく浴びせた聖水へ入れたのは、
魔避けの力を持つアメジストの欠片。
この建物全てにおいて、護るためのものを強化したのだ。
とはいえ、石が溶け消えるまでの一時的なものだが。
そうでもしなければ、向かいのアパートから漏れてくる
とてつもなく強い力に視せられてしまうのだ。
あのアパートにも強い結界が張ってあるというのに、
ふとすればこぼれてくる。
それほどに彼は弱り、それほどに彼の力は強い。
現にフェルは力の余波をうけたからこそ、
こうして目覚めたのだから。
目を閉じれば冷える体温と、虚空に呑まれる影。
視せられていた夢に、机を振り返った。
手紙の宛先は、己の両親とその親友。
久方ぶりに自分の所へ手紙を送ってきた両親。
しかしとてつもなく長々長々とした手紙であり、
つい苦笑してしまったのは昨日のことだ。
何せ明日は、生涯、一度だけ誓った日。
便りがないのは元気な証拠だと自ら証明しているせいか、
彼らはめったに手紙を送ってこない。
毎年、明日を目前にして送られる手紙だけが唯一の。
「……いつまでも、私は彼らにとっては子供なんだね」
特に養父と養母には。
他愛のない文章のように見えるが、
きちんと心配と慈しみが詰め込まれている。
「おじさん?」
「どうしたんだい、雪里」
「あのねー、なんかおみせにはいれなくなってるぞって、
とおるおにいちゃんが、そとでおこってるよ」
「ああ……。今日は徹君が依頼品を取りに来る日だったね。
これを渡して、五分待ってて下さいと伝えなさい」
フェルは苦笑して、雪里の手に
フ●ブリーズ (アクアマリン) を渡した。
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