店の中には、歌声が満ちていた。
「あーめあーめ、ふーるふーる、とーさんがー」
窓の外で降り続く雨を見て、雪里が歌っているのだ。
しとしと降る雨音と歌声以外には何も聞こえないので、
フェルはその二つに聴き入っていた。
大地のバイトもなく、来る予定の客もない。
「くーるまーでおーむかーえ……」
ふと、雪里の歌がピタリと止む。
フェルがどうしたのかと雪里の方を振り向くと、
雪里はロッキングチェアからぽんと降りる。
ぱたぱたとドアの方へ走って行き、外をじっと見つめた。
数秒そうした後で、フェルの方を見る。
「おじさぁん、せつりのかさかしてもいい?」
「……小さいだろうから、私のを貸してあげなさい」
ぱしゃぱしゃと音がして、少年はゆっくり振り向く。
小さな女の子が明るい黄色の傘をさして、
自分のことをじっと見上げていることに気づいた。
女の子は手に抱いていた、大きな蒼色の傘を少年に差し出す。
「おにいちゃん、かぜひいちゃうよ? はい、かさ」
「あ……、えっと……。だ……だけど……」
「せつりもこないだ、かぜひいたんだけどね……すごく
くるしいよ。だから、ちゃんとさしてっ!」
まっすぐに見つめてくるその目に、
少年はとまどいながらも傘を受け取った。
「ありがとう……。君に返す時は……」
「せつりのいえはあそこだよ」
少年は向かい側に、店があることに初めて気づいた。
「……雨がやんだら、返しに行くね」
「うん。そのときはいっしょにあそぼ!」
「……いいですよ」
「やくそくね」
カランカラン、とドアの鈴が鳴って雪里が入ってくる。
ドアの向こうに見える、傘をさした白い服の少年。
今回はあまり長引かずに事態が進みそうだ。
そうフェルは思う。
彼のことは、きっと放っておいたりはしないだろうから。
類は友を呼ぶ……かな?
店の中にはまた歌声が満ちた。
「てーのひらをーたいようにーすかしてみーたーらー」
NEXT.