「……矢文か……。久しぶりに見た気がするね」
飛んでいった方向は、向かいのアパート。
どうやらタイミングよく窓を開けていたようで、
ガラスは割れなかったようだ。
ロッキングチェアに座っていた雪里が振り向いた。
「おじさん、やぶみってなぁに?」
「矢に手紙をくくりつけて、飛ばす矢のことだよ」
「せつりもおくれる?」
「もちろん。誰に送りたいんだい?」
「さいきんあそんでないから、どぅがおにいちゃん!!」
ぱっと顔を輝かせた雪里。
フェルから一本の矢を受け取ると、駆け足で部屋へ戻る。
思わずくすくすとフェルは笑った。
数日たった頃に、彼は矢を持って飛んでくるだろう。
口では何だかんだと言いつつも、ちゃんと雪里と
遊んでくれるのは分かりきっているのだ。
面倒見の良い彼のことだから。
「……それにしても、今回は露鬼君が怒るだろうね……」
カランカラン……
「いらっしゃいませ。……おや」
くすり、と笑ったフェルはその客を見やる。
客は軽く頭を下げた。
「苦手ならそんなことをしなくてもいいと、
いつも言っているはずなんだけどね。私は」
「あー、何かフェルさんにはクセってか……そんなんです」
「今度から新しい学校でしたよね? 頑張って下さい」
「はい」
こくり、と頷いた彼に微笑んだ。
「雪里ー」
「なーに、おじさん」
「壊助 (かいすけ) 君が遊びに来てくれたよ」
「ほんとー!?」
「うおっ! 雪里、飛びつくなっての、おいっ」
「やーだー♪」
雪里の事をはじめ “ゆきざと” と呼んだ青年と。
壊助の事をはじめ “こわれだすけ” と呼んだ雪里。
フェルは紅茶を淹れに、部屋へと戻る。
ここは微笑ましいが、彼らの所はそうもいかないだろう。
NEXT.