彼は今日も歌をうたう。
それは気まぐれな彼のうた。
ともすれば他愛のない呟きのようにも
聴こえてしまう、小さな小さな声。
「完璧なやつなんて存在しない」
彼は幾度も詩をうたう。
それは憂うような彼のうた。
ともすれば楽しげな嘲りのようにも
聴こえてしまう、渇いた渇いた声。
「完璧なやつがいたら、それはペテン師だ。
完璧であるように仕掛けを作ったペテン師だ」
彼は手繰る唄をうたう。
それは確信のような彼のうた。
ともすれば届かない怒りのようにも
聴こえてしまう、苦しい苦しい声。
「周りがそいつを完璧だと称するだけなんだ。
周りの熱気が、そいつを完璧に仕立て上げる」
彼は過去の唱をうたう。
それは突き放すような彼のうた。
ともすれば押し殺した叫びのようにも
聴こえてしまう、掠れた掠れた声。
「完璧だと誇るやつは、それが欠点に気づかない。
完璧なやつは自分を着飾ったりしない」
彼は虚空のウタをうたう。
それは感情がないような彼のうた。
ともすれば統べてを消失しているようにも
聴こえてしまう、遠い遠い声。
「全てを持ってるやつなんて、存在しない。
そこには善悪も含まれるんだからな」
歌をうたい、詩をうたい、唄をうたい。
繰り返し繰り返しウタをうたう。
ともすれば真実と虚言が同一であるようにも
聴こえてしまう、純真で害悪な声。
「どんな場所でも上には上が、下には下がいるもんだ。
どこから見上げても見下ろしても変わらない」
彼の瞳はここではない場所へ。
映る景色はここではないどこかを。
彼のうたは誰にも届かない。
誰かに届ける為のうたではないのだから。
紡がれるうたは彼だけのうた。
伝うことを求める言葉ではない。
「天のやつは地に怯え、地のやつは天に怯える。
まったく揺るがない場所なんてない」
ひらりと舞う手は天を仰ぎ。
ふらりと揺る足は地を叩く。
「連鎖はどこまでだろうと続いて切れることがない。
埋まらない欠片だらけで、完璧なやつなんて現れない」
笑う口元は感情が見えず。
「この世に完璧なやつなんていなければ、
完璧なことなんてない。絶対に存在しないんだ」
うたは最後の言葉を。
「完璧なら、恨みも妬みも生まれねぇんだよ」
END.