「俺のこと、酷いって思うか?」
彼は私に目もくれずに言う。
それは決して私を傷つける行為ではない。
彼の、複雑な心境がそうさせているだけだから。
私に目を向けないことで、視線があわない。
視線があわなければ、余計な言葉を重ねずに済む。
余計な言葉を重ねなければ、私は思い悩まない。
私が思い悩まなければ、彼は後悔しない。
つまり、そういうことだ。
「私はまだ何も訊いていないけれどね」
いつもなら“酷くはない”と言っていたかもしれない。
あるいは“何の話だい”とはぐらかしていたかもしれない。
それでも今日は、聴いてあげるべきだと判断する。
彼が口にするのは真実。
彼が口にしないのは虚実。
彼が目にするのは虚実。
彼が目にしないのは真実。
嘘偽りなく、彼は問い続けては答えを求めない。
答えを訊いては、答えの是非を考えない。
何が正しいのか正しくないのかは、あまり関係がない。
発せられた言葉のみがその場の全て。
つまり、そういうことだ。
「俺は消えてもいい」
「そうかな」
「消えたって全ては繋がれる」
「どうだろうね」
「俺の身近な奴は波紋を受けるだろうな」
「どこまでだろう」
「時間が重なってけばすぐ忘れる」
「分からないな」
「だから俺は消えても構わない」
彼は私に、目を向けない。
「人は臆病だ」
「そう」
「人は強欲だ」
「そう」
「何が大切か知りもしない」
「そう」
「永遠の命なんてくだらない」
「そう」
「限りある命だから存在してられる」
「そう」
彼は、私に目を向けない。
「時間を重ねず在り続けるなんて、消えてくのと同じだ」
彼は私に目を、あわせない。
「酷いって思うか?」
そのままソファで寝入ってしまったのだろう。
しばらくすると、かすかな寝息が聞こえてきた。
両腕で顔を覆っていて、表情は見えない。
「今更私にそんなことを訊いてくれるのは、君一人だよ」
END.