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黒犬倉庫

版権・オリジナル・ CP 小説中心。よろずジャンルなブログ(倉庫)。二次創作や、オリジナルキャラクターが主軸となる作品が多め。受け付けない方は閲覧はご自重下さい。原作者・出版社等の関係はありません。

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1 いづれかそなたに優る

※主人公の名前が出てきません。






――そういえば、と。

ふと、そのことに気がついたのは、何がきっかけだったろう。
ただ私は、己の知る世界というものが、小さな天窓がある屋根裏部屋と、
2人の弟だけで構成されていることに気がついたのだ。

私が生まれた家は、いわゆる旧家であるらしい。
その上、本家で格式高くもあるらしい。
第一子として生まれた者が、家督を継ぐのが当たり前な家柄。
しかし第一子は誰も望んでいない、私という“女”だ。
両親、特に矜持の高い母は、私の存在に酷く騒いだらしい。
生まれてまもない赤子の私を、近くにいたしもべ妖精に押し付けて
屋根裏部屋に幽閉したのだから、相当取り乱していたのだろう。

部屋にやってくるのは、私の世話をしてくれているしもべ妖精と、
偶然この部屋に辿りついた弟ぐらいだ。

好奇心旺盛な弟は、消えたり現れたりするしもべ妖精が不思議だったらしく、
消える寸前に背中に飛びつき、そのままこの部屋に飛んできた。
弟がいることすら知らずにいた私と、姉という存在を教えられずにいた弟。
お互いに、とてもとても驚いた。
その場にいたしもべ妖精が、初対面である私たちが“妹弟”であることを
慌てて話してくれて、ひとまず納得できた。
それから弟は、屋根裏部屋へ秘密裏に遊びに来るようになった。
甲高い声で“姉様”と呼び、まとわりつく姿があまりにも可愛かったので、
私も弟がやって来るのを楽しみに待つようになった。

そんな事情もあり、私は今でも写真や絵でしか両親を知らない。
“家族”という存在は、弟しか思い浮かべずにいる。

けれど、弟から2人目の弟が生まれたと聞いた頃だったろうか。
私の知る世界の中に、彼が、足を踏み入れた。



「初めまして」



弟が来るとばかり思っていた私には、かなりの不意打ち。
言葉を飲み込み、じっと見上げることしか出来なくて。

「いきなりの訪問、失礼する。私を許してくれるか、姫君?」

肩膝をついて、できるだけ私を目線を近づけるひと。
黒に近い青の瞳が、とてもあたたかで。
私は、目を離せなかった。

「……どなた、ですの……?」
「私はアルファード・ブラック。君の父君の弟であり、君の叔父にあたる」
「……私の苗字は、ブラックというのですね」

なるほど。
そう思って頷くと、彼の目が少し見開いた。
確かに初対面の人から苗字を教わるなど、普通はないことだろう。
とはいえ、私はしもべ妖精や弟が呼ぶのを聞き、己の名前を知ったぐらいだ。

私を見ていた彼の瞳が、ゆるりと哀しげな色を帯びていく。
あたたかさが消えてほしくなくて、私はとっさに彼の頬に触れた。
触れてから、己からひとに歩みよったのは初めてだと思い至る。

「姫君……?」
「あの、大丈夫ですの。わたくしは、幸せですのよ。可愛い弟もいて、
 こないだもう一人弟が生まれて、しもべ妖精も優しくて、遊ぶことも、
 ご飯も食べることもできます。こうしてあなたも、アルファードおじさまも
 私のもとへ来てくださいましたでしょう。だからわたくしは、幸せで」
「姫君」

必死に言葉を連ねる私を、驚いたように見やるひと。
ふわりと微笑み、そっと私を抱きしめる。

弟に抱きつかれたり、抱き返したりはしたことがある。
それでもこれほど――包み込まれるように抱きしめられたのは。
初めてだった。

「姫君はとても賢く、とても優しい。そして」

私を見つめ、彼は言う。

「とても愚かだ」

彼は静かに、私の髪を撫でる。

「姫君、君は何を知っている?姫君の全ては、この部屋と弟君のみか?
 姫君、君は何も知らない。与えられるものが、幸せか?」

彼の瞳はあたたかなのに。
私の心はぐらりと揺れた。

今の私の知る世界は、屋根裏と弟で創られている。
そう、私は望まれぬままに生まれ、それでもなお生かされている。
だから私が生きているという事実は、この部屋の中のみ。

与えられたものを幸せと呼ぶ。
それ以上を知ってはいけない。

――ああ。
見抜かれて、いる。

「君は知っているはずだ」

彼の凜とした声に、目の前が霞む。

分かっている。世界とは、こんなものではない。
世界というものは、これほどちっぽけであるはずがないというのに。

私には希望を持つことなど、許すことができなかった。
希望を持ち、誰かに断ち切られてしまうことを恐れていた。

だって私は、私は――。

「あ、い、して……」
「姫君」
「愛して、ほしかった。愛して、みたかった」

意思に反して、口からこぼれる言葉。
熱い波が、胸の内に洪水のように押し寄せてくる。

「父を、母を。私のこと、愛してくれるはずの、ひと、だったのに。
 私に、笑顔をくれるはずの。私を抱きしめて、くれるはずの、ひと。
 それなのに、父も、母も。私には、なにも、くれなかった」

普通ならば、与えられるもの。
“女の第一子”だからこそ、与えられなかったもの。
私を慕う弟だけで満たすことができるほど、強くなかった。
まだ――この場所では。

「そうだ。その心に優るものはない、姫君」

私を見つめ、ふわりと微笑むひと。
弱い私を抱きしめながら、弱い心を肯定するひと。

「姫君、心を広げなさい。恐れず、躊躇わなくていい。姫君の望むまま。
 誰かに届く距離の心ならば、姫君、いつか掬い上げられるもの」
「誰かに、いつか……」
「そうだ。しかし、姫君が心を偽ったままでは届かない」
「いつか……届く」

小さく呟いた言葉を聞いて、優しく頷くひと。

――そういえば、と。
ふと、あることを私は思い出した。

私が己の知る世界について考えたのは、夢を見たからだ。
私を抱きしめ、笑い、愛していると伝えてくれる、誰かの夢。
あるわけがないと、苦笑して振り切った夢。

そっと見上げてみれば、私を見下ろすあたたかな瞳。



今その瞳以外、私には優るものなどなかった。



END.

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