―知っていた―
ルヴィリオは、目の前に瘴気をまとわせて空中に浮かぶ
子供をひたと見つめた。
元々、ルヴィリオとレイはただ単に顔見知り程度の関係だった。
何度か二人で手を組んで、組織や協会がらみの事件や、
他の依頼をこなしているうちに気が合うようになり。
だが、互いに仲間として連れそう旅をする性格ではなく、
思わぬ再会をすることの方が多かった。
そして―― 一年ほど前に、再会した時。
彼は金髪金眼の笑わない子供を連れていた。
今の時勢に、幼い子供を連れて旅をするなど危険すぎる。
子供が眠った後の酒場でルヴィリオがくわしく話を聞いてみると、
デーモンに襲われた村の、唯一の生き残りらしい。
絶望し崖を飛び降りようとした所をレイが偶然にも見つけ、
一緒に連れて来ることにしたという。
ルヴィリオは、確かに子供を不憫に思った。
しかし同時に 『賢者』 と名を馳せるがゆえに、各地で戦闘に
身を投じる彼と一緒では余計に危ないと不安がよぎった。
レイも分かっているようで、助けた直後は色々と考えていたらしい。
それなのに何故か “連れて行かなければ” と、レイ自身も
不思議なほど強く思ったという。
ルヴィリオはそれを聞いた時、首を傾げたのだが――。
「……何故レイが、ルイのことを “連れて行かなければ”
ならなかったのか……」
ルイが放つ衝撃波が荒れ狂い、あちこちで爆音を上げていく。
そのたびに、髪やマントが激しく乱れるがルヴィリオは
まったく気にしない。
すっ……と静かに瞳を閉じた。
「レイもルイも……気づいていたんじゃないのかい?」
カタートに行かせないで、兄ではなくなると泣いて懇願したルイ。
あんなにも可愛がっていたのに、突如手離そうとしたレイ。
子供に対する不安からレイと行動を共にし。
感情を表せず、笑えない子供の面倒を見て。
レイの昔の知り合いだというガウリスやリオナと出会い。
いつのまにか五人で旅をすることになっていて。
子供の失われた表情が戻ってきたことに、一番レイが喜んで。
瞳を開けて、子供を見上げる。
紅の瞳がいつもの金の瞳と重なった。
最近揺れ動く事が多くなった瞳と。
「あああああ!」
また、衝撃波が地を打つ。
自我を失くして使う力にコントロールは利かない。
ただただ、溢れるままに暴走する。
辺りはすでに衝撃波のせいで荒野化している。
空気は瘴気に満たされていて。
ドンッ!
杖を地に打ちつけてルヴィリオは叫んだ。
「君たちは心の底でお互いに知っていたんだろうっ!?
暴走する前に止められるのはルイだけだと!!
レイが暴走したら、止めることは出来なくなるんだと!!」
ぷつ、と暴風が止んだ。
はあっ…と、肩で息をつきながら子供を見る。
手を大きくかざした子供は、時を止めたように微塵も動かない。
まるで白昼夢のように流れる静寂。
ふいに。
草木の枯れた地にぽたりと一滴の雫が落ちた。
雫は次から次へと落ちてくる。
見開いた禍々しい紅の瞳から雫が湧き起こり、外に押し出され
小さな頬を滑り、地に落ちてくる。
「あ……うあ……あああっ……」
「……まったく……君達兄弟は世話を焼かせてくれるよね?
こんなに……馬鹿らしい兄弟喧嘩は、もうこりごりだよ……」
酷く優しく微笑んだルヴィリオは、空へ高く杖を振り上げた。
苛立ちではなく想いを吹っ切るかのように。
「でも、そう言う私も馬鹿だね……嘘は言っていないけど、
本当のことも言ってないなんて」
ルイを止められる。
それはもちろん嘘ではない。
嘘ではないが――。
ルヴィリオは深くため息を吐いた。
「まあ、方法は聞かれてないからね」
振り上げた杖を振り下ろして強く地を打った。
その紫の相貌で子供を見据え。
口を開いた。
「我はここに想う……暁に光り輝きし、我が意思の源……
スィーフィードよ――」
NEXT.