―残留思念―
「ああああああああああああああっ!!!」
ブワッ!!
胸を押さえ、甲高く叫ぶルイの身体から大量の瘴気が溢れ出す。
その気の濃厚さに間近にいたルヴィリオは耐えきれず、
思わずルイを離して後ずさる。
あまりに強すぎる瘴気に、辺りの木々が音を立てて枯れていく。
「くっ……近づけない……っ!」
「ルヴィッ!」
ルイの一つに結わえられていた金髪の紐が解けて、
瘴気の風にザワザワとなびいた。
見開かれた瞳は、いつもの澄んだ金眼などではなく。
禍々しくらんらんと光る、紅の双眸がある。
「ああああああ!!」
絶叫とともに振りぬかれた腕から、衝撃波が放たれた。
ばっとリナスが手を突きつけて叫ぶ。
「エア・ヴァルム!!」
バシィン!!
三人の前に現れた風の壁が衝撃波を防いだ。
暴れるルイの身体が瘴気の渦に引きずられるようにして、
ゆっくりと空中へと浮き上がる。
それをじっくりと眺め。
くすりと魔王は満足そうに笑んだ。
『……さて、我は忙しい……そろそろカタートへ行くとするか。
そう……レイ=マグナスとしてな』
「!? 貴様、レイの身体で何をする気だ!!」
魔王の言葉を聞きとがめ、ガウリスが怒鳴る。
それに魔王が少しだけ首を傾けた。
さも、当然だというように。
『……何を……? 無論、長きに渡る戦争を終結させるのだ。
そう――水竜王ラグラディアとともにな……』
「あ、あんた、まさかっ!!」
「水竜王様を……!?」
言葉の意味を、寸分違えずに気づいたリオナの顔が青ざめる。
怒りを露わにぎゅうっとルヴィリオは杖を握り締める。
しかしそれには、魔王は何も答えない。
ただ、三人に向かってうっすらと微笑を浮かべた。
それはとても見慣れたもの。
“レイ=マグナス” が浮かべていたものに、それは良く似た表情で。
慈愛と憂慮が混雑した笑みを。
魔王は、それをとても良く真似てみせた。
『「私は一足先にカタートに向かいます。」』
「まっ……」
「うぁあああああっ!!!!!」
ゆっくりとアストラル・サイドへ身を沈めようとする魔王を、
すぐに追おうとしたルヴィリオ。
しかし、ルイが放った衝撃波によって阻まれた。
爆音とともに土煙がたつ。
『ふふ……どうしても私を止めたいと思うのならば、そこで
暴走する残留思念を早く始末して追って来ることです……』
静かで丁寧な “レイの口調” でそう言い残した魔王は、
その場から音もなくかき消えた。
楽しそうな、笑い声だけの余韻を残して。
悔しさに一同は歯を喰いしばる。
しかし、その心境には浸らせてはくれない。
「ああああああっ!!!」
チュドドドドッ!!!
次々とルイの放つ衝撃波が辺りに飛散する。
あきらかに暴走した力。
こうなってしまう前に、魔王はルイに錫杖を向けた。
あの時、ルイの中にある思念を強めたのだろう。
ルヴィリオたちの中に芽生えた動揺と、混乱と、戸惑いの
負の感情をより強くして、喰らうために。
“食事” をするために。
「どうするのよ……!? ルイに攻撃なんて出来るわけないわ!」
悲痛な声でリオナが叫ぶ。
それはガウリスにもルヴィリオにとっても同じ。
魔王に乗っ取られたレイに続いてこの上、ルイまでも――。
けれど、自我をなくして暴走するルイは容赦なく力を振るう。
ただただ、沸き起こる力を振るう。
目の前にいるのが誰なのかも分からず。
瘴気を振りまきながら。
「く……そ……!!」
「っ……!」
ガウリスとルヴィリオも苦しげに、飛んでくる衝撃波を次々に
交わしては、必死に捌いて、避けきる。
それでも剣先を、杖先を、ルイに向けることはできない。
たとえ、魔王の残留思念に乗っ取られていても。
身軽に衝撃波を避けていたルヴィリオは、先程よりも強く強く、
爪が食い込むほどに杖を握りしめた。
そしてルイを強く見据えながら、薙ぐように杖を振るう。
「風豪の断絶!」
ゴォウッ!
強く荒れ狂う風が、三人とルイの間に壁を作る。
ルヴィリオは杖を構えながら、リオナとガウリスを振り返った。
その表情は、風にあおられる黒い髪のせいで良く見えない。
「リオナ、ガウリス!二人はこのまますぐにカタートに行った
レイ……いや……魔王を追って! ルイは私が止めるから!」
「ちょっとルヴィ、何を言って――!?」
「……ルヴィ……!?」
「私ならルイを止められる。でも魔王は――私には止められない」
淡々と言われるリオナとガウリスは戸惑う。
だが、ルヴィリオの真剣な言葉に二人はすぐに頷いた。
瞬時にリオナはガウリスの腕を掴み、強く地を蹴り上げると
レイ・ウィングでカタートに向けて飛び去った。
ルヴィリオはその姿が視界から消える最後まで見送ったあとで、
防壁を断ち切りルイを見据えた。
強く決意した瞳で、ドン、と地に杖をつく。
抑えきれない感情をぶつけるよう。
NEXT.