―スィーフィード―
「我はここに想う……暁に光り輝きし、我が意思の源……
スィーフィードよ――」
静かに、ルヴィリオがそう唱える。
すると手にしていた杖の宝玉の色が、漆黒から鮮やかな
紅へと色が変わりゆき暖かな光を放つ。
ゆるりと緩慢に空を仰いだルヴィリオの瞳にも、宝玉の色を
灯したかのように紅が宿った。
瘴気が満たしていた場に、ふわり……と穏やかな風が舞う。
「あっ……あ……あう…っ」
風に吹かれるたびに、ルイが苦しげな声を上げた。
「我はここに願う……永久の暁に身をゆだねし、我が意志の主
……スィーフィードよ――」
「くああ……っうあ、あ……!」
「我はここに在りし者、汝が意思を宿し器――
名をルヴィリオ=セールクスト。
……我を現す名、スィーフィード・プリーストなり」
“赤の竜神の神官”。
その名や存在を知る者は、この世に皆無だと言っていいだろう。
かつて魔王と戦い、滅びを受けた竜神。
その力と意思がその身に眠り、赤竜の剣を使える者は
“赤の竜神の騎士” ……スィーフィード・ナイトと呼ばれる。
そして、スィーフィード・プリースト。
意思だけがその身に眠り、その意思により法則と平衡する力を
使う事を許されている存在の呼び名。
その対となる影の存在を世が知れば人は騒ぎ出し、
魔はひたと隠していようが危機とする。
それゆえに、プリーストはナイトと違い常に存在を影に隠す。
それはレイたちに出会う前の、必要以上に他人と関わらずにいた
ルヴィリオのように。
「あああ、ぐっ……うあ……!」
紅の柔らかい帯のようなものに包まれ、
空中で静止していたルイがゆっくりと地上へ降りてくる。
やがて足が地面につくと、力が抜けたように座り込む。
一つ、ルヴィリオが歩を進めた。
びくんと肩が揺れた反動で、ルイはゆるりとルヴィリオを見上げる。
涙でぐしゃぐしゃになった小さな顔と瞳が、細くなり安らいだ。
「我が名、我が存在の真の名を持って我――魂に純粋なる
意思を満たさん」
トン、と地をついた杖の宝玉の光が強く増す。
「我、かの者、――我が身に封じることを真に願う」
キィン!!
鋼同士を強く打ち鳴らしたような音が響いた。
ルイを包んでいた紅の帯が収束し、穏やかな風を舞い立てて
身体の中へと吸い込まれる。
完全に帯がルイの中へ収まると、ぼんやりと虚ろになっていた
紅の瞳の奥から徐々に元の澄んだ金色が浮き出てくる。
瞳が元の金の瞳に戻ると、ぎこちなく首が傾いた。
「……ルヴィ、おに……ちゃん……?」
「待たせてごめんね、ルイ」
「ううん……僕は、大丈夫だよ……」
夢現の狭間に漂う表情でルイは微笑む。
それに、ずきりとルヴィリオの胸が痛んだ。
「大事な……こと……だま、ってて、ごめん……なさ……」
「うん。リオナとガウリスが一足先にカタートへ向かったよ。
一緒にレイを止めに行こうね」
その言葉にくしゃりと小さく顔を歪めて、ルイは泣きそうになる。
魔王として覚醒した兄を、倒すのではく。
目の前の彼は、兄を止めに行こうと言うのだ。
不可能だと本能は告げる。
――けれど、それでも、願いたいのは。
もう一度。
向けられる、優しい笑みが。
名を呼んでくれる凜とした声が。
見つめる、暖かな紅の瞳が。
頭をよぎる刹那の記憶。
「ごめ……なさい……ルヴィお兄ちゃん……ごめんな、さい……」
「もう謝らなくていいんだよ、ルイ」
「ごめんなさい……我侭言ってごめんなさい……っ!」
「これは嘘つきな私の我侭だよ」
杖を静かに、トン、と地を打たせる。
ふわりと光がルイを包みこんで身体が薄れていく。
消えていく身体は紅の気の塊となって、
ゆっくりとルヴィリオの身体の中へ吸い込まれた。
『ごめん……な、さい……』
ふっと宝玉と瞳の中から紅の光が消える。
がくっ! と力を使い果たしたように地に膝をつくルヴィリオ。
肩で深く息を整えようとしながら。ぐっと胸をつかむ。
今はまだおさまりはしないだろう痛みに。
きつい、悼みに耐えようとした。
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