蒼が辿り着く部屋
それにしても、本当に殺風景な部屋だと思う。
部屋は俺が落ちた大きいベッドと、壁一面に設置されたでかい本棚、
テーブルって言ってもすごくシンプルな仕事用のデスクっぽいのだけ。
好奇心の固まりっぽくきょろきょろと部屋を見回してる俺を、
サラザールは呆れたように黙って見てる。
ベッドの脇には二つの大きい出窓。
外には、綺麗な満月が見えた。
俺としては結構、長い時間あそこにいたんだと思ってたけど、
まだまだ夜明けの時間にはなってないみたいだった。
俺はサラザールを振り返って聞く。
「なあなあ、サラザール。俺が最初に召喚された部屋……屋敷って、
誰の屋敷だったんだ? この部屋ってどこにあるんだ?」
『……お前は部屋のことばかりだな……』
ますます呆れたようにサラザールが俺に言う。
サラザールは自分の部屋だからそう言えるんだろうが、俺にとっては
ハリポタの世界にある“創設者”の部屋なんだ。
それを見れるだなんて、めちゃくちゃレアじゃないか!
サラザールは溜息ついてるけど、ちゃんと答えてくれた。
『お前が召喚された屋敷は、奴の父親の屋敷であった所らしい。
――確かリドル家といったか……。マグルにおいては有名な
家系だったらしいが、当主たちが殺されてからは誰も近寄らなく
なったらしい』
(殺された、って……ああ、そういえば)
ヴォルデモートがマグル嫌いになった理由を思い出す。
確か、マグルの父親を嫌っていたんだったか。
……俺としては、両親がいるだけまだマシだろうと思うんだが。
とはいえ、俺には産みの親に恨みだとかそういう気持ちは全然ないし、
あいつの気持ちなんてのはまったく分からない。
だけどヴォルデモートからすれば、マグルの俺を使うのはきっと
嫌だったろう。
いや、むしろ俺がマグルだと気づいてないかもしれない。
『そしてこの部屋は、ホグワーツの中にある』
「ワンモアプリーズ?」
(うわあ、しまった、後輩だからって変な遠慮しないで、越前に英語を
習っとくんだった!! 帰国子女があんなにも近くにいたってのに!!)
思わず英語で問いかけてみた俺だけど、そう考えてみれば英語……
日本語か、どっちか知らないけど言葉は通じてるな。
目を丸くして思いっきり首を傾げてみせた俺に対してサラザールは、
少し怪訝そうにしながら答えた。
『? 聞こえなかったか?ここはホグワーツだと言ったんだ』
(……あーらー、俺の聞き間違いじゃなかったみたいだなあ……
遠い空の下の今の時間は夢の中の妹よ、聞きまして?)
俺は打ちひしがれた。
もちろん俺がたった今、ホグワーツにいるということはとてもとても、
感動している。
だけど、そういう感動じゃなくて、こう……あれだ。
色々と道とかを迷ってから九と四分の三番線を潜り抜けて、ようやく憧れた
汽車に乗れて、安心しつつコンパートメントが一緒になった子たちと
嬉し恥ずかしながらも友達になったりして。
大きさにビビりながらハグリッドに案内されて、湖でボートに乗って、
湖の向こうに見える雄大にそびえるホグワーツ城に歓喜して、
厳しそうなマクゴナガル先生に連れられて、大広間でドキドキの組み分け――。
(俺の抱いてた夢をかえせっ!!)
男口調で、夢見る乙女は気持ち悪いとか言ってくれるな。
俺だって……俺だって、いちポッタリアンだったんだから。
中学生じゃ応募できないツアーとか行きたかったんだ。
サラザールは俺のうすらどんよりどんよりした無言の迫力に、
多少引きながら首を傾げてる。
『お、おい?』
「……ごめん……。何かいきなりホグワーツの中に来ちゃったんで、
ショック受けてた……」
『……そ、そうか』
ちょっと憧れてた夢はガラガラと崩れたけど、サラザールのおろおろした
姿が見れたからチャラにするか……。
俯いてた顔を上げて、気を取り直して訊く。
「ホグワーツのどこらへんにあんの? この部屋って」
『……どこ……と言われてもな。とりあえず私たち各自の私室は、
ホグワーツの最上階に位置することとした』
「最上階!?」
出窓の外を覗いてみる。
すると、確かに他の塔より高い場所にあるのが何となく分かる。
俺は高所恐怖症じゃないからこういう所は平気だし、どっちかって言ったら
高いとこは好きな方だ。
「私たちってことは、近くにゴドリックたちの部屋もあるのかー」
『……分からない』
納得したように俺が言うと、サラザールは否定した。
分からないって……どういうことなんだ?
『……確かに、各自の私室は最上階にあるはずだ。だがそれは
プライベートということで、互いに場所を知らせていない。それに教え、
教えられた所で、魔法や何かしらの仕掛けを施しているだろう』
「なーるほど……じゃあ、これも一種の秘密の部屋なんだな」
俺の“秘密の部屋”という言葉に、一瞬だけサラザールは眉間に
シワを寄せて顔を逸らした。
(――スリザリンがホグワーツを去る前に残していった部屋、か)
「なあ、サラザール」
『……何だ?』
顔は逸らしてても、俺の声には答えてくれる。
律儀なんだかそうじゃないんだか、面白いけど変な奴だと思う。
俺はさっきより声のトーンを落として、静かに聞いた。
「ゴドリックは良い奴か?」
サラザールは微妙に逸らしていた顔を驚いた顔に変えて、にこにこと
笑ってる俺を見つめてくる。
“マグルは嫌いか”、“グリフィンドールは嫌いか”?
多分、そう聞いてくると思ったんだろう。
だけどな、生憎……そんなに優しい奴じゃないんだ、俺はね。
笑ったまま返答を待つ俺。
サラザールは観念したように小さく答える。
『……ふざけた奴だった』
ポツリとそう言って、また顔を逸らした。
でも、俺はその答えで充分だ。
サラザールはもう眉間にシワよせた、難しい顔してないから。
「さーて、寝るかあ」
『こら待て。』
「ん?」
俺がベットに潜り込んで行くと、サラザールはさっきと違って思いっきり
憮然とした顔でまたこっちを見た。
いちいち振り向くなら、最初っから顔逸らさなきゃいいのに。
ふかふかの大きい枕に頭を預けてから、サラザールを見上げる。
ふかふかするわりに低反発気味で気持ちいいな、この枕。
「何だよ、サラザール?」
『……何だよ、じゃない。何故、いきなり寝るんだ』
「時計がないから分からないけど、多分あと数時間ぐらいで夜明けじゃん?
いつもの俺なら完全に熟睡してる時間だし」
『そういう自己中な所も、あいつに似てるな、お前……』
じこちゅうでわるかったなーと言い返す。
だけどその声は夢半分。
俺はお休み3秒だ。
NEXT.