真実の涙を受ける蒼
リドルの上に着地した瞬間――。
俺はあまりの勢いに思わず、体操選手のようにビシッとバンザイして
きっちりポーズまで決めてしまった。
着地は10点満点だったと思う――障害物がなければの話。
(どっ……どうしようか……これ……?)
体がかなり震えてくるのを感じながら、足の下を見てみる。
するとちょうど、ぴくりっとかすかに指が動いた。
――ぎゃあああーっ!!!!!
まるでゾンビが動き出すのを目撃したような衝撃を受けて、今は誰にも
聞こえないだろうけど、腹の底から絶叫を上げながらダッシュで離れて
柱の影に隠れる。
多分その早さは、陸上部の歴代タイムより断然上だったと思う。
陸上部員としては測ってみたかった気がする。
(ででで、でもどうするよ……!? お、俺……、あのリドルの上に
着地しちゃったよ!?)
バレないようにしながら、こっそりと様子を見てみる。
リドルは無言でゆっくり体を起こす所だった。
心なしかその背中に、ドス黒いオーラがあるように見える。
――ふ、不二先輩と同じくらいか!?
はっきり言わなくても、その無言がかなり怖い。
同じくらいに、リドルファンの皆様の怒りが怖いんだ。
『何をしているんだ……アオイ……』
――は、はは……。
呆れを越えてしまったサラザールの声が妙に安心するというか、
余計に不安を煽るというか。
これこそ俺のせいじゃないと思う……真下にいると思わないじゃん……。
失笑していると、いきなり肩に重い何かが乗っかってきた。
――なっ、何だ!? ……って……フォークスか!
俺の瞳とは到底違う、炎のように神聖な深紅の鮮やかさ。
その不死鳥が俺に身をすり寄せ、小さく震えて泣いていた。
一粒、また一粒、ぽろり、ぽろりと――。
怪我をした俺の右腕や肩や顔に、ぽろぽろと零れ落ちる。
涙が落ちた場所から、少しずつ右腕の傷跡が治っていくのが分かり、
喉にもだんだんと力が戻ってくるように感じる。
(でも……これは癒しとは違う……)
フォークスの涙は、悼みだ。
すでに痙攣する力もなく、床に冷たく横たわるバジリスク。
バジリスクを救えず、終わらせてしまったことへの。
――フォークス。
幸いにも、俺の声はまだ元通りにはなっていなかった。
暖かな羽根に手を添えて優しく撫でる。
低く低く、フォークスが答えるように鳴いた。
――フォークス……永遠に生きる君は分かっているんだね……。
あの子はただ、寂しかっただけなんだって……。傍にいてくれる
存在を、もう一度確かめたかったんだね……。
バジリスクの毒を受けたハリーが、床に崩れ落ちていく。
その姿に、リドルが冷笑を浮かべて近づいていく。
――癒しじゃない涙も流したっていいんだよ、フォークス。だってそれは
間違いじゃないって俺は知ってる。だから……泣いていいよ……
フォル……。
過去夢を見ている時。
一瞬のフラッシュバックのような光景。
怪我が治ったばかりの小さなバジリスクを見守るように、周りを囲む、
不死鳥と穴熊と鷲がいた。
「忘れていた……不死鳥の涙! 離れろ! どけ!!」
フォークスはハリーの傷を完璧に癒し終えると、ふわりとリドルの
攻撃を避けながら天高く舞い上がった。
(うーん……)
本当は今すぐにハリーを援護しに出て行きたい。
だけど、ハリーにとって何も知らないはずの俺がこの場にいることで、
余計ややこしいことになるだろう。
リドルと関わっても、ロクなことにはならないし……。
そもそも日記を持ち込んだのは、ルシウス・マルフォイだ。
『――アオイ、見ろ』
サラザールの声に無言で答えてから、フォークスの方を見る。
優雅に舞い戻ってきたフォークスがハリーの膝の上に、ぽとりと、
リドルの日記を落とした。
一瞬、リドルとハリーが静止する。
次に動いたのは、わずかにハリーの方が早い。
振りかぶったバジリスクの牙が、日記に深く突き立った。
「ぐ……っうああぁあぁぁあぁあ!!!」
日記からほとばしる漆黒のインク。
リドルの苦しげな断末魔が部屋の中に響いた。
「……っ、ハリー・ポッターァァァ!!」
「っ!!」
苦痛に顔を歪ませながら、リドルがハリーを深紅の瞳で睨む。
消えかけている記憶の体が虚空に揺らめき、闇へと変わる。
床に座り込んだままのハリーに、闇が襲いかかった。
その時、俺はすでに柱の影から走り出ていた。
「エレメント・バリケアー! 我、汝を守護せし!」
バシンッ!!
ハリーを狙っていた闇は、俺の炎のバリアに弾かれて消えた。
ぐいっと後ろからハリーを多少力任せに引き寄せながら、霧となった
リドルの方に俺は杖を構えなおす。
最期の抵抗も終わって、さらりと虚空に消えゆくリドル。
驚愕に染まった紅眼を見開きながら、唇を動かした。
“ …… 紅 眼 …… ? ”
確かにそう言って、完全に消えた。
(……あー、しまった)
そういえば寝てる間に効果切れてるのは、当たり前のこと。
今更気がつくなんて失敗したなと、俺は溜息をついた。
とりあえず、ハリーたちにはバレてないからよし。
「はー。……おい? ハリー。大丈夫か、ハリー?」
「え……」
俺は先にさっと杖を振って、瞳を黒に変える。
放心したままのハリーの顔を覗き込む。
すると、ハリーはようやく我に返って肩を揺らした。
「――え、アオイ? 君…どうして? いつ起きたの!?」
「ついさっき。どうしてって……何かホグワーツ中が殺伐としてたし、
グリフィンドールに様子見にいったら、2人とジニーがいないから
探してたんだよ」
「……一体どういう神経してるの、アオイって……?」
よし、とりあえず誤魔化されてくれたか。
俺がどうしてこの場所を知ってたのか……とかな。
疲れたようにうなだれたハリーの頭を軽くぽんぽんと撫でてから、
ぼんやりと目を覚ましたジニーの方に近づく。
ジニーは少しの間ぼんやり辺りを見回していたけど、横たわるバジリスク、
インクまみれの日記、ボロボロになったハリーを見ると、ゆっくりと目を
見開ていく。
ガタガタと震えながら、俺にしがみついてきた。
「アオイ……ハリー! 今まで、あたしっ……あたしがやったの!
で、でも、あたしはそんなつもりじゃなくて……っ!!」
「……もう全部、終わったから。大丈夫だから、少し落ちつけ、ジニー。
今まで1人で良く頑張ってたな。助けてやれなくてごめんな?」
「――うわぁあああん!!」
取り乱して泣き出すジニーを、優しく抱き締めて頭を撫でる。
しばらくしてジニーが泣きやんできて、手を取ってゆっくりと立たせると、
ハリーを先頭に部屋を出た。
……って、この後って校長室直球コースだよな?
やっぱり俺も行くしかないのか……。
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