―畏怖の矛先―
朝から、村の雰囲気はおかしさで溢れていた。
それもそうだろう――すでに “いなくなっている” と思っていた、
得体の知れない子供が、まだ村にいるのだから。
だが、ルヴィリオは村人の反応をまともに取り合わない。
それどころか。
暗殺しにきた男たちを追い返したのは自分だというのに、村の中に
渦巻く奇妙な雰囲気に不思議そうな顔をしてみせている。
――この男……結構な狐だったのか……。
ルヴィリオの様子に、ゼロスは思わずそんなことを考える。
もちろんゼロスも変わらず、無表情にしていたが。
ふと、ルヴィリオが何かを思い出したように手を打った。
「ああゼロス。薬草を取りに行くんだけど、一緒に行くかい?」
「……待ってます」
「そうかい。それじゃあ行って来るよ。えーっと、そうだね……
1時間くらいしたら戻ってくるから」
「……はい」
ルヴィリオはゼロスの言葉を聞くと、にっこりと笑って森の方へと
歩いていった。
ゼロスはすぐにルヴィリオの家へと戻らず、立ち止まっていた。
完全に彼の姿が見えなくなったとたん、辺りに生まれる感情。
生まれたというよりは、強くなったと言うべきだろうか。
――まったく正体が分からないものに、人間が簡単に抱く感情……。
この村に来て2日目だが、それを多大に感じた。
こうして今も、少しずつ強まっていくそれを喰らっていく。
満たされていく感覚は、どこか至福に似ているだろう。
――もっと抱いてみろ。
それは存在する上での糧になる。
自分に影がかかったのを感じ、ゼロスはゆっくりと空を仰いだ。
昨日よりも幾分しっかりとした造りの刀を持つ男が、魔族でなくても
すぐに分かるような、殺気を纏って立っていた。
確かルフラット、と呼ばれていた男だったか。
「この村に来た事を……あの魔道士に連れてこられた事を恨め!!」
月並みなセリフを吐いた男。
ゼロスは内心、密かに笑みを漏らしてしまう。
何という短慮で愚かで浅はかな――人間に。
さて、どうしてくれよう。
「きゃぁああああっ!!!!」
刀を振り下した腕が。
村の入り口の方から甲高い悲鳴によって、硬直する。
苛立ちながらばっと振り返った男は、愕然と目を見開く。
「グガァアアッ!!」
「ガァウウッ!!」
何匹ものレッサーデーモン。
今まさに、村に攻め込んでこようとしていた。
NEXT.