―エピローグ―
「……さて。私はそろそろ行こうかな」
朝食を終えて食後の紅茶を飲み終え、一息ついたリヴィは
静かにそう切り出した。
その言葉に驚いたのはリナとガウリイ、そしてミルガズィアとメフィ。
ゼロスはどこかで予想していたのか少しも驚かず、ちらりと
リヴィを見ただけだった。
驚くリナ達の表情を見て、リヴィは苦笑した。
「本当はもう少し、一緒に旅をしようかと思ったんだけどね」
「別にあたしは構わないわよ。ね、ガウリイ」
「ああ、もちろんだ」
「ありがとう」
二人の言葉に、リヴィはとても嬉しそうに微笑む。
「だけどね、しばらく一人で旅をしてみようかと思うんだ。
以前やれなかったことも、色々とやりたいし」
「……そう」
緩やかに首を振るリヴィに、リナはもう何も言わない。
穏やかに浮かべられた微笑みが、確固たるものだとすぐに
分かったからだ。
ミルガズィアはリヴィに向かって深々と頭を下げる。
「このたびは本当にありがとうございました」
「嫌だな、私は自分がしたいからしただけだよ。頭を上げて」
くすくすと笑うリヴィ。
しかし、その顔は少しだけ赤みがさしている。
「おやおや何です、リヴィさん。照れてるんですか?」
とても面白いものでも見つけたかのように、ゼロスがここぞと
からかってみせる。
ゼロスが目に見えて意地悪そうな笑みを浮かべているのは、
リヴィがきちんと自分から正体を明かすまでからかっていたことを、
彼なりに根に持っているせいだろう。
リヴィは何か言いたいような視線をゼロスに向けてから、
ひょいっと肩をすくめてみせた。
それぐらいなら甘んじて受けるという意思表示らしい。
カタリ、と席を立つ。
すると五人も店の外まで見送りに出た。
「もう少しお話を伺いたい所ですが……お気をつけて」
「ありがとう、メフィさん。いつか君の村にもちゃんと行かせてもらうよ」
「はい! 楽しみに待っておりますわ!」
にっこりと笑うメフィに、リヴィも微笑み返す。
ふと、リヴィはその手に杖を出現させてリナを振り返る。
「リナさん、両手を出してくれませんか?」
「ええ、いいわよ」
リヴィの前にリナは両手を差し出す。
その手に杖をかざして、周りをぐるりと一周させる。
すると宝玉が光ってリナの両手を包んだ。
ふわりと光が消えるとリナの両手首には、紅の宝玉がついた
アミュレットがはめられていた。
「これって……まさかデモン・ブラッド!?」
「それとはちょっと違うかな。それは私の力が入ったブースト。
でも、色々と改良はしてあるから、デモン・ブラッドにも
負けないぐらいの力はあるよ」
リナは驚いてまじまじとアミュレットを見やる。
デモン・ブラッドは、上司から賜って装備していたゼロスが、
昔とあることでリナに奪われ……いや、買い取られたものである。
それに匹敵するとはと、ゼロスの顔が多少ひきつる。
もちろんリヴィの力が入っているというのも、聞き逃したいが
聞き逃せない言葉だった。
「ブーストを発動させる呪文は特には決めていなかったから、
リナさんが考えて使うといいよ」
「そう……。これからタリスマンの代わりをどうするか、ちょっと
考えてた所なのよ、ありがと、リヴィ。大切に使わせてもらうわ!」
「いえいえ、どういたしまして。きちんと加護もこめてあるから、
いついかなる時も二対でいるようにね」
「ええ」
頷いたリナの姿に、ゼロスは内心で大笑いした。
リナは気づいていないのだろう。
リヴィの言った “いついかなる時も二対で” という言葉が、
アミュレットだけにかけられたものではないと。
傍に立つガウリイはいつもの涼しい顔をしていて、
彼が気づいているかは読み取れない。
「それじゃあ、私は行くよ」
「お元気で」
「どうかお気をつけて」
杖を虚空に戻したリヴィに、ミルガズィアとメフィが声をかける。
「ええ、また逢いましょ」
「またな、リヴィ」
リナとガウリイも思い思いの言葉をかける。
ふわりとリナ達に微笑んで頷いていたリヴィは、最後にゼロスに
顔を向けると、晴れ晴れとした笑顔を見せた。
それは、彼がルヴィリオであった時にはただの一度も
浮かべることのなかった、影のない素の笑顔。
ゼロスは試すように開眼して、くすりと笑ってみせる。
それだけでリヴィは充分だったのだろう。
その笑顔のまま、踵を返すと手を振らず振り返りもせず。
ゆっくりと歩き出した。
「さあ、どこから行こうかな――」
END.