※版権+夢枕陰陽師
~晴明サイド~
その音色が聞こえたのは夜の刻。
不思議に思い部屋の外へ出てみると、穏やかな風に乗り、
はっきりとそれは聞こえてきた。
時の彼方へ流されようとも、己の名を呼ぶ忘れられぬ声がある。
済んだ音色に誘われて、脳裏に鮮明に浮かんだ。
ゆったりと酒を飲みながら話をし始める声。
お人よしでいつも用事を持ってきていた声。
『ところで、晴明』
『いや、実はそうなのだ、晴明』
『お前が呪の話をすると何だか急に話がややこしくなるだろうが』
『ゆこう』
ことの説明を求めるくせに、不満を隠さない声。
笑んで促すと、頷きながらも諦めたように話し出す声。
なあ――。
お前はいつも笛を吹いては、世の理を考えていたな。
『人の生命も、いつまでもこの身体にとどまるものではない……』
『なあ晴明、俺も、お前も散る桜だ』
そうだな……分かっている。
確かにお前は見事に咲き誇り、潔く散ってしまったな。
ああ、お前はいつも快活に笑っていた。
幼子のように笑って、俺の名をそうやって呼んでいたな……。
『なあ晴明。俺はお前とこうして知り合う事ができて、
本当に良かったと思っている』
結局……お前に一度たりとてかなうことはなかったな。
真っ直ぐで闇を知らぬ瞳には。
「夕菜」
「せ、晴明様!? 申し訳ございませんっ! このような時刻に……
勝手に龍笛を……」
「いや……久方ぶりに良い音を聞かせてもらった……。その龍笛、
葉双は夕菜にあげよう」
「ええっ!? あ、いえしかし、ご冗談でしょう、晴明様? 私ごときに
勿体のう龍笛ではございませんか!」
「……ああ、今宵はとても月が綺麗だな……。若菜と吉昌を呼んで、
月見としよう」
「晴明様? ……あの……」
「夜桜というのも中々風情あるものだぞ、夕菜」
「……そうでございますね。ではお二方を呼んでまいります」
『逃げたな、晴明』
お前相手には逃げるしかなかろうよ。
何せ天狐の子である俺は、お前のように真っ直ぐではないからな。
なあ――博雅よ。
奏でられた想いをふとして蘇らせれば
はっきりと浮かんでくるその余韻。