数分もしないうちに、部屋にリーバー班長が入ってきた。
「室長! 一応出来上がったんですけど」
「どれどれ、見せてごらん」
二人の真剣な声に、ふとそっちを見てみる。
二人は透明なビンに入った、透き通ったスカイブルーの綺麗な液体を
揺らしたりしながら、じっと見ていた。
……うわあ……。
綺麗な色だからこそ危なさそうな感じがするよ……。
「これ、もう試したりしたの?」
「まさか。こんなの誰も試したがりませんよ!」
そりゃそうだろうな……。
私は後ろの会話に、引きつった笑みを浮かべた。
トントンと資料の角を整えてから、室長の机の端の方へ重ねる。
その時、机からひらりと1枚の資料が落ちそうになって慌てて素早く
摘み取ろうとする。
すると私よりも早く、虚空に浮いた白雪が資料をくわえた。
「ありがと、白雪」
「にぁう」
お礼を言ってから、白雪から資料を受け取る。
何の資料だろうとか目を通した時、ふいに引っかかる文字を見つけて、
私は眉をひそめて首をかしげた。
『ドイツ北部のダンケルン村―――帰らずの森』 ?
あれ……?
この町の名前って確か……あの時 D. グレの新刊と一緒に買った小説版で、
神田がどうこうっていう短編の――あー、駄目だ……。
まだ読んでなかったのと、前すぎて細かく思い出せない。
私はとんとんと米神を指先で叩く。
鞄さえ無くしてなければなあ……惜しいことだ。
「ということで、リーバー班長試してねー♪」
「ぎゃーっ!! やめ、何で俺なんですか、しつちょ―― あっ」
コムイ室長の手がつるっとすべって。
それをリーバー班長が目で追う。
ばしゃあ
「…………」
「…………」
「…………」
黙る私に、おそるおそる話しかけてくる2人。
「……あ……セツリ、くん……」
「……お、おい、セツリ……?」
「資料、濡れちゃいましたよ?」
にっこり笑う。
すると2人は大袈裟にびくっと肩を振るわせた。
ずるずるずる……ずるり。
想像じゃなくて、本当にそんな音が聞こえてくる。
濡れた髪の毛の先からぽたりぽたりと謎の液体の薬が落ちて、
床に散乱している紙束に染み込んでいく。
団服は防水加工されてるから、濡れたりはしない。
だけど、濡れた髪の毛が首筋や服にへばりついてくるから、
ものすごく変な感じがする。
だって私は、今まで一度も髪を伸ばしたことがないから。
変な謎の液体とかでこうして強制的に髪の毛が
伸ばされる今まではねっ!!
コムイ室長が持つビンに貼り付けられたラベル。
そこに 『画期的育毛剤 (試作品) 』 ――そうしっかり書いてあった。
私はモルモットか……どこが素敵な実験なんだか……。
それにしても 『画期的育毛剤』 ねえ……。
これもどこかーで見たような気がするけど……。
白雪は絶対に近づいちゃ駄目だよ?
ちらりと白雪を見ると、ちゃんとそれが分かっているようで、
心配げな目を向けながら1メートルくらい離れた場所に移動した。
「す……すまんセツリ!!」
「リーバー班長が謝ることじゃないですよ。それより、これって
いつぐらいで効き目が無くなってくるんですか?」
「あ、ああ……効き目はほぼ24時間だ」
明日の午後くらいまでかかるのか……。
面倒なことになったと、私は深い深い溜息をつく。
何が楽しくて実験台にならなくちゃならいんだろうか?
実験する側だったら楽しくやるのに。
NEXT.