ぎしりと揺れる、ロッキングチェア。
楽しげに揺らしながら、絵本を開いている
子供の様子に目を細める。
柔らかな黒髪と輝く黒い瞳。
茶髪で緑の瞳を持つ自分とは似ても似つかない。
顔も、あの子は東洋系で自分は西洋系だ。
――子供は数年前まで名前を持っていなかった。
子供は実の両親に 『愛し子』 と呼ばれていて、
彼らに名前を授けられずにいた。
それは、憎まれていたからではなかった。
子供の魂を自分たちの細い鎖できつく縛りつけて
しまわないようにと、心底願っていたからだ。
惜しみのない純粋な願いと想いの代わりに、
子供は名前を与えられなかった。
そして子供を守るため、出会ったばかりの自分に
子供を託して自ら世界から消えたのだ。
目の前で両親が消えてしまったその日のことを、
幼すぎたせいなのか子供は覚えていない。
彼らの愛情しか覚えていないのだ。
もうその瞬間を覚えているのは、
その場で子供を抱きかかえていた自分だけだ。
彼らの表情、願い、頼み、想いさえも。
『愛し子の名前を教えてくれ』 。
傲慢で、かけがえのない人を失ってしまった。
罪を受けるべき自分の過去を知ってなお、
彼らは笑ってそう言ってくれたのだ。
彼らの想いを託された自分。
全力で応えなければならない。
愛し、守り、教え、導くために。
今度こそ一生をかけて――。
「おじさん」
「どうしたんだい? 雪里」
ふいに呼びかけてくる子供の傍に近寄ると、
開いていた絵本を持ち上げた。
「このひとたち、おとーさんとおかーさん?」
「……よく見つけられたね」
どうやら自分が絵本と思っていたのは、
子供の両親の写真が数枚だけ張られているアルバム。
静かに頭を撫でると、子供は無邪気に笑った。
NEXT.