まるで波のようにぼやける視界。
心地の良い穏やかなまどろみ。
いつまでもいつまでも、浸っていたくなる。
ふいに、鈴の音が聞こえた気がした。
気のせいだと思いそうな心を打ち消すように、
遠くから元気な声が耳に届いた。
その時初めて、ゆっくりと顔を上げれば。
フラスコの中身が、危ない赤の煙を放出していた。
「ああ、いらっしゃい。……それと……新しいお客様ですね?」
いつからか常連になった青年の向こうに、
少し驚いた表情をした黒服の青年が立っている。
確かにこの 『店』 に始めて入った客は驚くものだ。
何せ四、五歳くらいの少女が店番をしていて、
何かの爆発音とともにようやく店主が出てくるのだから。
ちなみにその少女は、常連の青年の足元でじゃれついている。
「どーも。いきなりなんですけど……
こないだ人手足りないって言ってましたよね」
それだけで店主はピンときた。
優しく微笑むと、後ろの青年をじっと見やる。
青年は物静かで落ちついた風貌をしているものの、
どこか居心地が悪そうな雰囲気を持つ。
「最近、棚の整理が追いつかなくなってきててね……。
初めまして、 『小夜曲 (セレナーデ) 』 の店主、フェルです」
「……瀬戸内 大地 (せとうち だいち) です」
「わたしは、せつり! よろしくね、だいちおにいちゃん!」
「……ああ」
にこにこと嬉しそうに話しかける少女に、青年は少し戸惑う。
その様子を、静かに微笑みながらフェルは見ていた。
「ねー、おじさん。このおみせではたらくひと、
だいちおにいちゃんがはじめて!」
露鬼と大地が、とりあえず今日の所はと帰った後で雪里は言う。
そうだね、とフェルは雪里の頭をゆっくりと撫でた。
「大地君は責任感もある子だから、ちゃんと働いてくれるだろうね」
「さいきんいっぱいいっぱいおきゃくさんがくるから、
せつり、なんだかうれしいなー」
「私も楽しいよ。雪里は他にどんなお客さんに来てほしい?」
「んーとねぇ、おかん」
「あはは。じゃあ後で手紙を書いてごらん」
雪里は思いきり頷くと、道具を取りに走っていった。
「……色々と大変だろうけれどね……。
上のこともあるし、あの子のこともあるし……」
フェルは棚の上の箱に目線を向けて呟く。
箱の中には、一つのブレスレットが入っていた。
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