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黒犬倉庫

版権・オリジナル・ CP 小説中心。よろずジャンルなブログ(倉庫)。二次創作や、オリジナルキャラクターが主軸となる作品が多め。受け付けない方は閲覧はご自重下さい。原作者・出版社等の関係はありません。

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Rabbit's clock





「僕と一緒に行くの? なら、早くしてね」

少し驚いた様子の目の前の女の子は、僕の言葉にこくりと頷く。
それを見て、僕はその子を連れて近くの場所へと移動した。

「……時計ウサギ?」

胸ポケットから取り出した懐中時計の時間を見てると、
その子が呆然としたように呟く。
独り言だろうから、あえて僕は何も言わなかった。
そして着いた場所にその子を置いて、僕はさっさと帰ってきた。

御伽話に出てくる 『時計ウサギ』 はただの通称で、僕たちの
正式名称は 『クロニカル・ラビテッド』 っていう名前だ。
でも、やっぱりそれも全てに通じる種族的な意味しか持たない名前。
そもそも 『クロニカル・ラビテッド 』には個人個人の名前がないし、
『個人』 というような言い方も結局は間違ってるだろう。

何せ人間から見てしまえば、自分達は洋服を着込んで二足歩行を
している、全長一メートルくらいのウサギにしか見えないんだしさ。

そして僕たちクロニカル・ラビテッドがしている仕事は、
おおまかに二つに分けられる。

一つ目は、クライアントの仕事に対する時間調整のサポート。
簡単に言っちゃえば時間だけ気にしてる、マネージャーみたいな感じ?
この仕事を担当する奴は、ぴかぴかの金色の懐中時計を受け取る。

二つ目は、世界と世界の狭間に迷い込んだ人間を近くの世界に導くこと。
本当はそんな場所に来れるはずないんだけど、まったく人間ってのは
やっかいなもので、例えば死にそうな時とか深く眠っている時とか、
ちょっとしたきっかけさえあれば簡単に入り込むことができてしまう。
規則だとか、約束ごとだとか色々面倒なことがあって、ただの人間を
いつまでもそんな場所にいさせるわけにいかない事情もあるから
近くの世界まで連れていく。

それが、ぴかぴかの銀色の懐中時計を受け取った僕みたいな奴の仕事。

ところで、僕のじーさんはかなりのおっちょこちょいで有名だ。
金の時計を手に持ち、タキシードをきっちりと着込み、蝶ネクタイも
びしっ! と決めてる写真を見た時は、じーさんがモテたという事実を
確かに僕も納得したんだ。

でも、良く寝坊して遅刻して、その上時間をいつも間違えて
クライアントに怒られまくりだったという。
狭間にいた人間を連れてきたりとか、銀の時計を持つ奴らの仕事も
無意識にやっちゃったりしてて周りからはかなり呆れられてたらしい。
話を聞いた時は、何かすごかったんだなあ……とか思った。

だけどそんなじーさんを、自分から追いかけようと思った人間の方も
僕としてはすごいと思うんだ。
かなり有名だからね、じーさんとその人間のエピソードは。
まったくもって、どうしてじーさんなんかに惚れちゃったんだか……?



「うわわー、遅れるぅううーっ!」



悲痛な声でどたばたと後ろから走ってくるのは、見知った同期生。
声と同じように顔は少し引きつってて、微妙に泣きそうな雰囲気が入ってる。
ぶんぶんと金の時計を振り回しながら走るのを、またか……と思って
見てると、ふいにあっちが僕の存在に気がついた。
そしてにこーっと嬉しげな笑みを浮かべて、近寄ってきた。

「あれー久しぶりだねー、元気にしてたー?」
「まあまあかな。まだ仕事中なんだ?」
「うんそーなんだよー。実はねークライアントが魔女さんでねー」

ぺらぺらと話をし始めた姿に相変わらずだと、ため息をつく。
こいつは根っからの天然お人よし。
だけどこういう懐っこい人柄があって、本当に憎めない奴。
この調子だとちょいちょいクライアントたちに怒られながらも、
仕事場ではちゃんとやれてるんだと思う。

「魔女?」
「もーすごいんだー。不親切な王子様をこーんな野獣に変えちゃってさー」

ぱっと顔を輝かせて子供のように楽しそうに話ながら、
身振り手振りでその様子を教えてくれる。

「野獣ねえ。確かこの前はカエルにしちゃったんだっけ?」
「ん? あーそれはまた別の人だってー。ほらー、可哀想な女の子を
 お姫様にしてー」
「そっちの人か……魔女のクライアントが多いね」
「楽しいよー。色んな魔法が間近で見られるからねー」
「じゃあ今日も急がないと、魔法が見られないんじゃない?」

僕はさらりとそう言う。
はた、と話すのをやめておそるおそる金の時計を覗き込んで
真っ青になった。

「あああああー!!! 怒られるぅうううううー!!!!」
「頑張れー」
「ごめん、また後で続き話すからー!!」

酷く慌てながらも、僕にちゃんと手を振ってくれた。
そしてまた、金の時計をぶんぶん振り返しながらどたばたと走ってって
ふっと消えてしまった。
仕事が終わってからゆっくり話をしに来ればいいのに、そこまで
まったく気がつかないなんてね。
……いやまあ……。
あれを見るのが楽しくて、そのことを教えてないなんて……
僕もちょっと意地悪なのかな?

「っと……ああ、また迷子の人間だ」

自分の長い耳が足音を感知してぴくりと震える。
どんなに優秀なクロニカル・ラビテッドでも、この銀の時計をきちんと
受け取れる奴は、この 『迷子の足音』 を聞けることが第一条件。
今では出来る奴がかなり少なくなってしまっているらしく、
仕事を任せられる者を見つけることすら難しくなっているものだと
僕を見つけた上司が前にぼやいていたのを聞いたことがある。

そんな中で、僕は比較的あっさりと適性があるのが見つかったから
採用する際にとても助かったとも。

僕は足音が聞こえてくる方へ早足で向かう。
早く行かないと余計に変な所に行っちゃったりとかして、
事後処理が面倒になるんだ。
とくに迷い込むのは、真っ直ぐな心を持つ子供が多いから。

「うーん……このへんだと思うんだけど」

世界の狭間に入ってきょろきょろと辺りを見回してみる。
足音に耳を傾けながらそっちの方に歩いてくと、そんなに間を空けずに
足音の持ち主であるだろう迷子の人間を見つけた。

本当に人間ってやっかいだよねえ……。
どうしてこんな所に来てまで、迷子になるんだか…。

「ねえ」

僕が声をかけると、人間は驚いたのかぱっと振り返った。
さらさらしたストレートの金の髪と空みたいな青い瞳。
見る限りでは女の子。
こういう人間をもしかしたら 『可愛い』 っていうのかもしれないけど、
人間じゃない僕にはあまり分からない表現でもある。

「……あ、あの、私……」
「僕と一緒に行くの? なら早くしてね」

ぱちりと時計の蓋を開いて針が示す数字を確認。
僕は別に急いでるわけじゃない。
この仕草と言葉は、僕の 『仕事はさっさと終わらせた方が楽』 という
信条からきたただの癖だ。

「……時計……ウサギさん…?」

女の子は振るえた声で呟く。
ああ、またか。
……まあこの状況からして僕が 『時計ウサギ』 だって分からない
人間はほとんどいないと思うけどね。
そっちの名前は、人間たちには良く知られてるみたいだから。
普通の人間は物語の生き物としか思ってるだろうけど、ね。

「で、どうするの?」
「本当に……本当に時計ウサギさんですのね?」

この子、しつこいな。
ぱちんと蓋を閉じて女の子を見上げる。



「やりましたわああああああっ!!!!!!」
「!?」

ガッ! と天を仰ぎ、ガッツポーズをして女の子が叫ぶ。
いきなりの大声に僕の耳は直立。
キーンとした嫌に高い音が耳の奥で響いてる。
……な、何なんだ……この女の子は!?

「ああ、曾お祖母様!! 私はついに……ついに、曾お祖母様の
 お言葉は真であったという事を証明できたのですねっ!?
 ああ……私はどんなにこの時を待ち望んだことか……。占い師様に
 見てもらったりまじないを試したり嘲た人達に呪いをかけたり、

 ああ、何て涙ぐましい努力! 今までの事がまるで走馬灯のように
 浮かんできますわ……今日ついに報われましたのね」

ちなみに今の言葉はノンブレスで一気。
この子、もしかして人間じゃなかったりして。
しかも何か、不穏な言葉を聞いた気がする。

「時計ウサギさん!!」

ずずいっ!! と詰め寄ってきた女の子に思わず一歩引いてしまった。

「あなたは曾お祖母様を覚えていらっしゃいますか!?」
「は、あ……?」
「ずっとあなたを追いかけていた、エプロンドレスを着た金髪の
 女の子です!!」

――一瞬。
確かに一瞬だけ全てに対する時間が、静かに止まったように感じた。
いや……きっと僕にとっては本気で時間が止まってたんだ。
そうに違いない。

「覚えておりませんか!!?」

ぐらぐらする頭の中で僕は答える。

もちろん覚えてますとも、直接じーさんに会ったことはないけど、
じーさんに惚れて大人になって狭間に入り込めなくなるまで、
ずっとずーっと生涯じーさんのことだけを追いかけまわしてたっていう
女の子のことは、ある意味僕たちの間でも伝説の域だ!!
……というと、この子はその女の子のひ孫なわけ!?
ま――まさか……こ、こんなことって……。

「お・ぼ・え・て・お・り・ま・せ・ん・か・っ!!!」
「……し……知らないデス……」

迫りくる女の子の恐ろしいでは言い切れないものすごい形相に、
僕は敬語で小さく答える。
だって、すぐに答えなきゃ黒いオーラにやられそうだったんだ!!
それにうかつに知ってる、なんて言ったら余計に叫びそうで怖かった。

……そういえば、今初めて 『怖い』 って感情を知った。
欲を言えばこんな状況で知りたくなかったよ……恨むぞじーさん。

「そう……そうですか…」

悄然と肩を落とした女の子は、深い深いため息をついて疲れたように
その場にゆっくりと座り込んでしまった。
落ち込みたいのは僕だと言いかけて、それを飲み込む。
また詰め寄られたりしたら怖いし。

それにしても、このままだと非常に困る。
早く近くの世界に連れて行きたい……。

「それなら仕方ありませんわ……」

溜息をついて立ち上がる女の子に、僕は内心ほっと安堵して、
ぱちりと時計の蓋を開けてみた。
こんなに仕事に時間をかけたのって初めてだ……。
それも予測不可能な出来事で。

ああもう、これじゃあ僕の夢がくずれるじゃないか。
早く近くの世界に連れてって仕事を終わらせよう。

「それならあなたを追いかけさせていただきますわね」
「………………。…………今幻聴が聞こえた」
「いいえ、幻聴じゃございませんわ。私は今日からあなたを追いかけ
 させていただきます」
「なっ何でそうなるのさっ!?」

驚愕して思わずキンキンした耳の痛みも怖さも忘れて、僕は女の子に
思いっきり感情に任せて叫んだ。
さっきから初めてのことをしてばっかりだ。
欲に欲を言えば、こんな初めては本当にごめんだよっ!!

「確かに曾お祖母様のこともありましたけれど、私も曾お祖母様に
 お話を聞いてから時計ウサギさんにずっと会ってみたかったんです。
 だから、今度は私があなたを追いかける番ですわ」
「って、そんなの屁理屈じゃないか!」
「ふふふ」

女の子はにっこりと笑って、混乱する僕にはっきりと言った。

「 『逃げ去る者に追いかける者あり』 ですわ。大好きな曾お祖母様の
 受け売りですけれど」



じーさん、僕はあなたを恨む。
そして問う。
どうしてこんな展開を遺していったのか。

じーさん、僕には夢があった。
そして打ち砕かれた。

じーさん、あなたみたいな仕事は絶対にしないという夢を。





END.

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