参考書を持ってくれば良かった。
人通りの少ない公園のベンチに座りながら
俺は重く溜息をついた。
明日、大事な試験を控えている俺。
まったく勉強もせずに何故公園にいるのかというと、
俺の双子の弟が病気になったからだ。
世界的に高名な医者でも首を振って治せないほど
病んでいて、すでに手遅れだと告げられてしまった。
そう――恋の病は治せない。
家だとさんざん話を聞かせられて勉強を邪魔されるので、
最近は散歩が多くなった。
俺は根っからのインドア派で、外出するのはあまり好きじゃない。
自分の部屋で紅茶とか飲みながらお菓子を食べて、
ゆっくり読書してたい方だってのに。
しかも、明日の試験は難しいって評判だ!
頭をかきむしりたい衝動にかられていると
足元にコロコロと何か転がってきた。
真っ赤なリンゴだ。
手に取って辺りを見回すと、金髪の少女が慌てて散乱した果物を、
慌てて買い物籠の中へと戻している。
その様子に苦笑して、俺は少女を手伝ってやった。
少女は最初驚いた顔をした。
でも、すぐに恥ずかしそうに微笑んでお礼を言ってくる。
すぐにドジを踏んでしまうと落ち込み俯く少女に、
俺は得意の “手品” を見せてやった。
笑っていてほしいと、思ったから。
どうせ、参考書もないし。
明日の試験のためにこうやって、少しでも練習しておいた方がいい。
少女は俺が出した小さな花束を受け取って家に帰っていった。
俺はしばらく公園にいたけど、夕日が沈む頃に家に帰った。
いくら俺でも――恋の病は、治せない。
そして運命の次の日。
与えられた試験は 『対象者を幸せな笑顔にさせること』 。
……これは難しすぎる。
人によって幸せなんてまったく違うだろう。
最近徐々に癖になりつつある溜息をつきながら、
俺は必要な道具を持って選ばれた対象者の家に行く。
ついた家は、意地悪家族が住んでいると噂になっている家。
……こんな家にいる人を、笑顔にさせてどうするんだ?
それでも試験は試験。
足音をたてないように近づいて、不審者のごとく窓から部屋を覗く。
すると、あの金髪の少女が床に座り込んで俯いている。
足元には破かれた紙。
よく見ると、弟主催のパーティの招待状だ。
少女は俺があげた花束を抱きしめて、俯いていた。
「――お嬢さん。一緒に踊りませんか?」
END.