蒼を蝕む痛み
「――、……アオイ? 貴方、何でこんな所で寝てるの?」
「んあう……?」
目に入ったのは、ふわふわの栗色と白くて細い手。
ゆっくり視線を上に上げる。
すると、不思議そうにハーマイオニーが俺を覗きこんでた。
ハリーとロンは、俺が女だということに気がついてない。
というかレーチェたちもそのことにはまだ気がついてないっぽいけど、
実はハーマイオニーだけが、一番早く気がついたんだよな……。
『ねえ、アオイ。貴方って女子なのに、どうして男子の制服を
着ているの?』
『んー俺って、スカートは何か駄目なんだよな。というか、ハーマオニーは良く
分かったな?俺が女って……』
『同じ女だからに決まってるでしょう? アオイはスカートも似合うと
私は思うわ。だってアオイ、可愛いものね!」
そんな会話をハーマイオニーとした。
……確かあれは……バレンタインが近い頃だったと思う。
がしがしと頭を書いて突っ伏してた机から頭を上げる。
何かこないだと同じ夢を見てた気がする。
だけど、また忘れた。
「……って、そんな場合じゃないの! とりあえずアオイ、聞いて!!
ついに分かったのよ、私、生徒を襲っている怪物の正体が!!」
興奮を無理矢理押さえこんだように話すハーマイオニーに、
俺の眠気が吹っ飛んだ。
「怪物……って……まさか、ハーマイオニー?」
「そうよ! 秘密の部屋の怪物が何なのか、ようやく分かったの!!」
思わずがたんと立ち上がってハーマオニーを見る。
ハーマイオニーは腕に抱えていた分厚い本をテーブルに降ろして、
栞を挟んでいた、あるページをばっと開いて、俺に見せてくれた。
――バジリスク。
「これよ! この怪物なら全部の辻褄が合うの!」
「……あ、ああ……」
マダム・ピンズや他の生徒が珍しくいない静まり返る図書室の中、
ハーマイオニーは大きな声で言う。
でも俺は、かくり、としか頷けなかった。
「さあアオイ、行きましょう! そろそろハリーの試合が始まるわ!
その前に先生にお話して、試合が終わったら2人にも話さないと!!」
羊皮紙に全てを書き写している時間はないことを思ってか、
いつものハーマイオニーが見たら叫ぶか卒倒しそうな勢いで、
一瞬も躊躇わずページを綺麗に破る。
ハーマイオニーはそこに、 “パイプ” と書き加えた。
きっとハーマオイニーは怪物の正体をつきとめられたことに高揚して、
とても胸を高鳴らせてるだろう。
だけど俺の胸は、まったく違う意味で高鳴っている。
「あら? アオイに……確か、グレンジャーさんよね。どうしたの?
もうすぐクィディッチの試合が始まってしまう時間よ」
「……ク、クリアウォーター先輩!?」
ハーマオニーに手を引かれて図書室を出た時。
急いで競技場に向かっていたのか、まだ校内に残っていた俺たちを見て
驚いた顔のクリアウォーター先輩に出くわす。
前に、廊下で盛大にコケた俺を助けてくれたことがある優しい先輩。
俺が疑われていた時も、明るく話しかけてきてくれた。
曲がり角を曲がる時には、必ず手鏡を見てから曲がって欲しい。
とにかく時間がないせいで要点だけになってしまうハーマオニーの忠告に、
クリアウォーター先輩は少しだけ首を傾げたものの、その必死さに心を
打たれたらしく、優しく微笑みながら頷いて受け入れた。
俺の胸はざわついて高鳴り続ける。
そして最初の曲がり角。
クリアウォーター先輩がポケットから、丸い手鏡を出した。
「私、ちょうど手鏡を持っているわ。アオイ、グレンジャー、一緒に覗きましょう」
「はい!」
それが最善の選択なんだ。
だけど、だけど。
駄目だ。
駄目だ。
駄目だ
「――駄目だっ!!目を閉じろっ!!」
ふいに、ぐらりと。
2人が硬直して重力に引き寄せられる。
≪……次はお前だ……≫
久しぶりに聞いた嫌な声。
ズルズルと、かなり重いものが地を這う音。
床を転がるのは取り落とした俺の杖。
(……くそ……やべぇな……こんな時に杖取り落とすなよ、
俺って奴は。……ちっくしょー!)
「っざけんじゃねぇ!!」
振り返らずに、ぐっと後ろからのプレッシャーに耐えていたのに対して、
睨み続けるのは無駄だと思ったんだろう。
叫び声と重なるように、風の裂けるような音が向かてきた。
ザシュッ!!
かなり俊敏な早さ。
完全に避けきれなくて、太い牙が右腕を掠る。
致命傷にはならなかったはずなのに、牙が掠った場所は燃えるような熱と
激痛を持った。
まるで、蛇のように体の中を締め付ける痛み。
耐え切れなくて、俺は床に倒れた。
「……っ!!……あ、うぐっ……ぁああっ!!」
ちくしょう、俺ってとことん情けない。
まだ、俺にはやるべきことがあるはずなのに。
ここに来た意味があるはずなのに。
――このことを俺は知ってたくせに!!
≪この場を引け、バジリスク!! まだ我の言葉を理解出来る理性が
あるのならば潔く引けっ!!≫
サラザールのパーセルタングが廊下に鋭く響く。
何分くらいたったのかは分からない。
だけど、ズルリという音がしてから緊張感が消えた。
するとすぐに、俺の方へとサラザールが駆け寄ってきた。
「アオイ!! くっ、あいつの毒牙にやられたのか!!」
「ぐ、うっ……さ……サラ、ル……っ!!」
「話すな!!」
霞んでる目に映るのは、俺の額に手を当てるサラザール。
とりあえず謝ろうにも何かを言おうにしても、右腕に激痛が走るし、
どんどん体は燃え上がるように熱くなるからうまく声が出せない。
実体化出来るほどの魔力は、まだ杖になかったはず。
だからサラザールは魔法を使う余裕もなく、俺を保健室に連れてさえ
行けないことにイラついているようだ。
ばたばたばた……
ようやく騒ぎが耳に入ったのか。
こっちに向かってくる誰かの足音がした。
それを聞きながら、俺の意識はそこでぶつんと切れた。
NEXT.