蒼の転入日はハロウィーン
俺は降参だと言わんばかりに、手の中にあった厚い魔道書を
テーブルの上になげだす。
――と思ったけど、やっぱり静かに置いた。
「サラザールが読んでる本って、どれもむずかしすぎだー」
今、その当人は杖の中で眠ってるけど。
ちらりとベッドの上の杖を見やっても沈黙したまま。
どうしてこんな本ばっか読めんだろ?
まあ、確かにいかにも真面目なサラザールっぽいけどさ。
……ってか、どれもこれも本棚にあるのは小難しい本ばかりで、
俺が暇潰し出来なくてかなり退屈だったんだぞ!!
あれから2ヶ月。
その間、俺はずっとこの部屋で勉強だけしてたって感じだ。
致し方なくヴォルデモートから現在進行形で狙われてしまっている俺が、
ダイアゴン横丁に行くなんて、持っての他。
しかも散策したくとも、編入前に校内を歩くわけにもいかない。
俺はまさに、缶詰状態ってやつに陥っていた。
とはいえ、たった短いその時間だけで基本の魔術と、サラザールが作った
オリジナル魔法を何とか学ぶことが出来た俺は、自分でもすごいと思う。
家庭教師が良かっただけかもしれないけど。
(いや本当に、退屈にはめちゃくちゃ我慢したぞ、俺は……!)
でも、今日でその我慢ともお別れだ。
思わず口はしに笑みが浮かぶ。
何せ俺は、明日からようやく正規にホグワーツの生徒として迎え入れて
もらえることになったんだからな!!
今日は10月31日。
夕食時の大広間で編入の知らせと挨拶をかねた自己紹介をして、
皆の前で組み分けをすることになってる。
ちなみに校長によると、他の事情を知らない教師たちには日本からの
短期留学生ってことになってるらしい。
コンコン
「どーぞー」
この部屋に来れるのは、サラザールが案内して、入ることを許した
校長だけって知ってるから、俺は迷いもなく招き入れた。
入ってきたのは、もちろん礼装の校長だった。
「アオイ、失礼するぞ。用意は出来ておるな?」
「こんばんは、校長先生! 用意なんてもちのロンですよ!」
俺は立ち上がって制服を見せる。
クローゼットからローブを取り出してぱぱっと着込み、ベッドの上の杖を
手にとってちゃんとポケットに入れた。
……今日は出てこないつもりなんだろうか、サラザール。
「では、行くかのう」
にっこりと笑い返してくれた校長のあとに俺は続く。
最初は部屋が最上階にあるっていうもんだから、階段を降りるのが
いちいち面倒になるかと思ってたら、なんてことはなかった。
部屋を出て近くにある絵画。
そこを押せば、校長室の近くにつながる近道が出現するらしい。
とはいえ、サラザールが言うには俺以外の人が入る場合はちゃんと
合言葉が必要だって話なんだけど。
大広間に行く前に、校長は何でか職員室に入ってく。
あ、そういえば他の先生にも最初に挨拶しとくんだったか。
(おお……いるよいるよ!!)
俺は職員室に勢揃いした教師陣に、わくわくする。
厳格そうなマクゴナガル先生に、小さいフリットウィック先生。
凛々しいフーチ先生と、ずんぐりとしたスプラウト先生。
ゴーストのビンズ先生に、眉間にシワ寄せたスネイプ先生!
そして、人一倍ハデな格好のロックハート……先生。
そう、今年はハリーの入学から2年目。
秘密の部屋が開く年だ――。
「どうも初めまして! 日本から留学してきたアオイ・V・タカハシです。
外国にはまだ不慣れな所がありますが、よろしくお願いします!」
「彼はイギリス人とのクオーターでのう。家庭の事情で、日本での入学が
遅れてしまった所、ホグワーツに興味を持ってくれたのじゃよ」
やっぱりどうしても外すことが出来なくなってしまったミドルネームを、
校長はさりげなくフォローしてくれた。
クオーターか……確かにそういうことなら怪しまれないと思う。
先生たちも納得してるみたいだし。
一通り先生たちの自己紹介も終わった所で、大広間に移動した。
天井にはかぼちゃにコウモリがいっぱい飾ってある。
イギリスならではの、本場のハロウィーン・パーティだ。
席についたマクゴナガル先生がグラスを軽く叩いて、大広間のにぎやかさを
いったん止める。
「すまんのじゃが、少しわしの話を聞いてほしい。……中にはすでに
知っている者もおるようじゃが、今日からこのホグワーツに、1人の
短期留学生を迎え入れることになった」
ざわりと揺れる大広間。
校長がすみっこの方に立ってた俺を見る。
その合図に俺は前へと進み出て、生徒に向かって一礼した。
「どうも初めまして! 日本から留学してきたアオイ・V・タカハシです。
まだこちらは不慣れなことが多いですが、早く溶け込めるように頑張りたいと
思いますので、何卒よろしくお願いします!」
「タカハシは2学年に編入となるので、皆、仲良くするようにのう。
それでは、組み分けを始めたいと思う」
俺は耳を疑った。
――え、あの校長、今何て言ったんですか?
今度はちゃんとした聞き間違いでしょうか?
2 学 年 って言った?
校長、俺はそんなことまったく聞いてないよ。
じぶんは、れっきとした ちゅうがく にねんのじゅうよんさい だと
おもってたんですけど!!
まさかの校長の発言に、ぎしりと固まった俺なんかあっさり無視されて、
組み分け帽子が頭にのせられる。
そのとたんに、頭の中で朗らかな声がした。
『ほう!! これは珍しい……異世界の者を組み分ける日が来るとは
初めてのことだ!!』
帽子の言葉に少し驚きながらも、俺は冷静を通した。
あーまあ……そりゃ当たり前だろうな。
何度もそんな人たちを組み分けしてるとしたら、それもすごい。
「……あんまり皆や先生たちを待たせたくないんで、早く決めちゃいましょう。
それでは、俺はどこの寮が合いますか?」
『ふむ、難しいことを言う。君には全ての寮で上手くやれる力があるのだよ……。
紅眼の力だけではなく、君自身の力が』
(おお、さすが組み分け帽子。一発でバレたよ)
そういえば組み分け帽子ってのは、創設者ゴドリック・グリフィンドールの
帽子だったっていうことをちらりと思い出す。
ちらりとポケットを見下ろしてみるけど、杖はやっぱり沈黙。
でも、俺はどこの寮にも合わないとこがある。
俺には騎士道精神なんかちっともないし、狡猾な考え方は正直嫌いだし、
臨機応変だから誠実なとこもないだろうし、あまり賢くもない……。
「うーん。俺は振り回されないって決めてるし、俺は俺だって思える
寮がいいです」
『……ほほう、とても難しい希望を言ってくれるものだ。……それならば、
君は自身を貫けるなら、光にも背くと言うのかね?』
「もちろん闇にもね。――スリザリンかグリフィンドールだと思います?」
そう言ってやると、帽子が苦笑したのが分かった。
『ああ、ああ。君は本当にあの方たちにとても良く似ている。だが、まったく
似ていないのだよ。それでも君は、今、何より生きていく術を必要と
しているようだね』
答えなかった。
ただ閉じてた目を開ける。
『君は、君なのだ。己自身を貫いていき、君が求める真実を掴むが良い。
――レイブンクロー!!』
歓声の中で校長にちらっと目だけを向けて、にっこり笑う。
それにしても、俺は2年生なのか……。
勉強、4年生ぐらいまでやっちゃったよちくしょう。
NEXT.