走る蒼は手を伸ばす
やばい。
やばい。
やばい。
「やばぁぁぁあああああああああああああああああいい!!!!
ねーぼーうーしーたー!!!!!」
『……いつものことだろう?』
「うるっさい! 今日は何が何でも起きるって、寝る前に言ってたろ!?
少しは起こしてくれ!!」
いつもの通り俺を起こしてくれなかった、呆れたようなサラザールの
とっても無慈悲な言葉に、必死で走りながら俺は怒る。
くっそう――。
俺の足と覚えた近道を持ってしても、最上階の部屋から競技場まで
たった3分じゃ無理だったか!!
階段を飛び降りたりとか、手すりを乗り越えたりしたのにな。
必死の俺に、サラザールがまた呆れた声を出す。
『どうしてそんなに急いでいるんだ? 別に今日は何も……』
「今日はハリーのクィディッチ第1戦なんだよ!!」
俺は障害物をひょいひょい避けつつ叫ぶ。
周りに人がいないことだけが幸いだ。
そう、あの廊下で知り合ってから急激に仲良くなったハリーたちに
観戦を誘われたんだよ。
“クィディッチの試合を見に来てくれ”ってな。
だから頑張って9時ごろに起きて、試合前のハリーにエールを送ろうと
思ってたのに……。
起きて時計見たら、試合開始の11時になる所だった。
(ちくしょう、朝錬は遅刻したことなかった、この俺がー!!)
「やっと着い――痛ぇ!!」
ようやく競技場に着いて、安堵しながら空を見上げた俺は、次の瞬間、
思いっきり悲痛な声で叫んだ。
最も俺の悲鳴なんてものは、周りから上がった俺と似たような声に
かき消されてたけど。
だって、誰だってあのブラッジャーに思いきり突進されて、腕1本を
使えなくされるのを見たら痛がるしかないだろ。
ハリーは折れた腕の痛みに酷く顔を歪めながら、それでも箒を急降下させ、
もう片方の腕を必死に前へと伸ばした。
あまりの速さに、俺は目で追うのがやっとだ。
『やりました! ブラッジャーに襲われながらもハリー・ポッター、スニッチを
掴みましたーっ!!』
リー・ジョーダンの大声と歓声を聞いて、俺はガッツポーズする。
そして今度は猛ダッシュでハリーの所へと走り出した。
ロックハートが意気揚揚と、腕を抑えてうずくまっているハリーを囲む
チームメイトの方へと近づいていく。
(あ、やばい。間に合わねぇかも――)
『――アオイ!! 右に飛べ!!』
「はっ!?」
いきなりサラザールが叫んだ声。
俺はほっとんど反射神経で、右に飛んだ。
ドゴッ!!
しゅうしゅうと煙を上げて地面にめり込む。
それはどう見ても、ハリーの腕を使えなくしたブラッジャー。
「……おい、嘘だろマジかよ何で俺を狙うんだ!?」
狂ったように暴走してたブラッジャ―の狙いはどうやら、俺に変わったらしい
……って、何でだよ。
「……まったく……ドビーの心配はちょっと過激すぎる気がするよな!
スィンエット・ヴァイオン、ブラッジャーよ!」
ばちんっ!!
魔法がブラッジャーに当たると、暴走が止まって地面に落ちる。
そこを赤いユニフォームをまとった、赤毛の二人がブラッジャーに飛びつき、
しっかりと地面に押さえ込む。
思ってもみなかった双子の登場に俺が一瞬だけ目を奪われてると、
焦るようなハリーの叫びが聞こえた。
「やめてくれ!」
(うっわ、ブラッジャーのせいで遅れたじゃねーか!!)
間に合うか、ってか間に合わせる!
ロックハートがハリーに向かって杖を振り上げるのが目に入る。
メンバーをかき分けて俺は前に出た。
――ハリーの肩を掴んだ瞬間、力が抜けた。
(……はあ……。あーあ、本当ならハリーをこっち側に
引き寄せるつもりだったんだけど)
盛大に肩を落として溜息をつきながらロックハートを睨み、右手を貸して、
呆然と座り込むハリーを何とか立たせた。
「ハリー、歩けるか? 医務室に行くぞ」
「……一応。ごめん、アオイ……」
「俺はいいから。おいロン、手伝ってくれ!」
「分かった!」
顔を覗き込んでみると、ハリーはかなり青い顔でそう答える。
何とか静かに歩き出そうとすると、ロンも慌てながらハリーの骨抜きになった
腕の方を支え、ゆっくりと歩き出した。
ロックハートはどこの学校の出だよ……。
ホグワーツの卒業生だったらどうしようもないぞ、本当に。
どうやって卒業したんだよ。
ハリーが薬を飲んで寝たのをカーテンの隙間から見る。
それに安心した俺は、ようやく一息ついた。
すると、杖に入ったままのサラザールの溜息をつく声が聞こえた。
『アオイ……お前は本当に馬鹿だろう』
「何でそうなるんだよ」
呆れたような怒ったようなサラザール。
ムッとした俺は小声で言い返す。
『あまり目立つ行動をするなと言っているだろう。すぐに勘づかれるぞ?
あの男は今も、アオイを探しているのだから』
――分かってはいるんだ。
あいつの部下が生徒の親にいるかもしれないってことぐらい。
……というか、スリザリンに実際いるのは分かってる。
だから、一番気をつけてるのはマルフォイだ。
ヴォルデモートの次に、ルシウス・マルフォイは関わりたくない。
きっと忠誠心あっついデス・イーターであるルシウス・マルフォイさんは、
いの一番にヴォルデモートから俺の話を聞いてることだろう。
最悪なことを考えれば、あの場にいたのかもしれない。
(……でもなあ……)
俺はふと思う。
……全校生徒の前で、前例がない留学生として挨拶しただけでも、
かなり目立ってるんじゃないのかと。
肩をすくめながら右手で頭をかいてると、目の前に湯気の立つ薬が入った、
小さめのカップが差し出された。
……カップを持ってきたのは、もちろんマダム・ポンフリー。
中身はハリーが飲んだものと一緒。
「……ま、マダム……やっぱり俺も飲まなきゃ駄目ですか?」
「当たり前ですっ! いくら勇敢にポッターを庇った行動とはいえども、
貴方の左手も骨が無くなっているのですからね!!」
いや、別に庇ったわけじゃないんだけどさ。
俺はポンフリーの言葉に顔をしかめる。
それにしても、どうしてブラッジャーは俺を狙ったんだろう。
ブラッジャーはドビーが仕掛けていたことを考え、俺は眉をひそめる。
(……まさか、もう――バレてるのか?)
ルシウス・マルフォイは、簡単には自分の手を汚さないだろう。
とはいえ、ヴォルデモート直々に言い渡されてるはずの俺のことを、
見下しているしもべ妖精に始末させるなんて、あまりにもリスクが大きい。
失敗する確率のが高すぎる。
かなりやり方がまどろっこしいのも、どうも納得いかない。
だから俺としては、ドビーの独断って線が考えられると思う。
短期留学生を名乗っていきなり現れた俺が、ハリーに近づいた。
それを知って怪しんだのか――。
『早く飲め、アオイ』
(う゛っ――)
せっかく考えごとして忘れようとしてたっつーのに。
サラザールの奴め……何としても俺に薬を飲ませる気だな。
……いや、確かにこれを飲まなきゃ、ポンフリーが保健室から俺を
出してくれないだろうけど。
はあ……覚悟しなきゃ駄目なのか……。
『飲めなければ、私が手を動かして飲ませてやろうか』
「それは嫌だ」
結局、涙を堪えて薬を飲んでむせる俺がいた。
NEXT.