逃げる蒼の風と
『捕まえろ!! 魔法は使ってもいいが傷はつけるな!!』
ヴォルデモートが叫んだ時には、俺はすでに廊下を走ってた。
吹っ飛ばした二人が追いかけてくるのが、足音で分かる。
足音っていうか……俺の場合は気配っていうのか?
後ろから俺の背を追ってくる、相手の気配。
「ロコモーター モルティス!」
前を見て走り続けながら腕を後ろに向けて叫ぶ。
すると、重いものが派手に倒れる大きな音が聞こえてきた。
1人しか当たらなかったっぽいけど、俺はあまり気にしない。
何にしても魔法が使えたから、今はそれでいい。
バシン!!
「あぶねっ!」
足の近くで呪文が破裂したのが見えた。
俺に足で追いつけないのが分かったらしく、時間が経つにつれどんどん
後ろから攻撃が飛んでくる。
ヴォルデモートに俺を傷をつけるなと言われているせいなのか、
飛んでくる攻撃は俺が止まるように足元を狙われてる。
角を曲がる時にちらっと後ろを見てみた。
そして、俺は驚いて目を見開く。
(――マジかよ!)
2人だったはずの追っ手が、いつのまにか5、6人増えてる。
きっと他の部屋で待機でもしてたデス・イーターらしきヴォルデモートの
忠実な部下だろう。
あっちも魔法を使うとなると、面倒になってくる。
何でもアリになって、ただの追いかけっこじゃなくなる。
俺は障害物レースより、まっさらなコースが好きだ。
だから、追いかけっこじゃないなら俺も魔法を使わせてもらう。
これは俺が無事に逃げきるための走りだ。
勝負をするための走りじゃない。
「モビリアーブス!」
廊下に飾ってあった鎧を、角へと移動させてから振り返る。
「なっ……」
「ステューピファイ! リクタスセンプラ!」
鎧にぶつかった奴に失神の呪文を、次に走ってきた奴に笑いの呪文を
当ててまた走り出す。
ヴォルデモート自身が俺のことを追ってこないのは、ろくに動けないのと、
あんまり魔法が使えないからだと推測はつくけれど。
……まあ、それならそれでラッキーか。
俺は廊下をちょこまかと走って、後ろを必死こいて追ってくる奴らから
15メートルくらいの距離をあける。
近くの窓を開けて、俺は一気に夜の暗闇に飛び出した。
(――浮けっ!!)
「ウィンガ―ディアム レビオ~サ!」
ふわり、とした奇妙な浮遊感が俺の体を支えてくれて、
ちょうど窓の下にあった大きな木の枝に下り立つことが出来た。
実は俺の走ること以外の集中力が切れてきたからか、さっきから、
5回に1回くらいの割合で魔法を失敗してる。
さすがに危ないだろうと思って使うかどうしようかと考えてたけど、
やっぱりこういうのは、やってみなくちゃ結果が分からないよな。
とりあえずちゃんと成功したし、いいか。
『葵姉は無鉄砲なんだから、気をつけてよね!』
妹の呆れた声が聞こえた気がした。
思わず、心の中で謝る。
(……ごめんな、こんな家族で)
すぐに追ってくるかと思ったけれど、どうやら完全に俺のことを
見失ったらしく、窓から俺を追ってくる気配はない。
極力音を立てないようにしながら気をつけながら木から下りて、
夜の闇に隠れて窓から見えないように、すばやく敷地を駆け抜けた。
敷地外のすぐ近くに、そんなに深くなさそうな森があったから
俺は宵闇と木々の間に隠れるようにしてそこに入った。
あの屋敷から少しでも遠くに逃げることを、まず最優先にする。
少しでも追いつかれたら、無駄な体力を消耗するだけだ。
だから俺は、屋敷とは反対方向に向かって走った。
俺は、闇の陣営には入らない。
「――とは言ったものの、どこに逃げればいいっつーんだよ……」
げんなりしながら呟く言葉は、夜の森の静けさに虚しく消えた。
特に深くも考えずに森の中を屋敷の反対方向にずっと
走っていたら、思ったより奥まで入り込んでしまったらしい。
辺りはひっそりとして、ふくろうの声さえ聞こえない。
ここから右か左に少し走れば、普通の道に出られるはず。
でも多分、そっちには追ってきてる奴らが回り込んでるだろう。
耳をすませても、俺以外の足音や声は聞こえてこない。
それでも油断は出来ないと脳裏で警鐘が鳴る。
仕方なくそのまま進んでると、大きな岩壁に行き当たった。
ますます顔が歪んでくるのを感じながらゆっくりと上を
見上げてみると、岩壁は崖みたく切り立ってる。
横にも長く続いてた。
「……確かに俺は体力はある方だけど、いくらなんでも素手で
ここを登るのなんか絶対に無理だっつーの……」
岩壁はほとんど直角で、登れるような取っ掛かりも少ない。
どうしたもんかと溜息をついてきょろきょろと岩壁を見渡してみたら、
少し左の方に、木々に隠れてはいるけど洞窟のようなものが
ちらりと見えた。
(うーん、あいつらの罠じゃねぇといいんだけどな)
忍び足で洞窟に近づき、杖を振って明かりをつけて中を覗く。
洞窟自体は思ってたより大きくなかったらしい。
光に照らされてみると、洞窟の横幅は学校の廊下ぐらいの広さで、
奥の方に細い道が続いてる。
「……どうにも怪しいよなあ。だけど、もうこっからは戻れやしないし、
これは進むしかねぇよな……? よっしゃ!! 度胸だ度胸!!」
とりあえず勇気を奮おうとガッツポーズしてみた。
だけど、何か虚しくなったからすぐに止めた。
こういうの、一緒にやってくれる奴がいないと駄目だよな。
杖で辺りを用心深く照らしながら洞窟を進んでいってみると、
急に、月光に照らされためちゃくちゃ広い空洞に出た。
見上げてみると、岩に割れ目が出来てそこから月が覗いてる。
青い光のように見えて、なかなか綺麗だ。
「――!?」
ふいに俺のすぐ後ろに気配を感じて、俺はばっと振り向いて
白いものに向かってしっかりと杖を突きつける。
(やべぇ! やっぱ罠だった……のか……?)
……あー、訂正します。
白いものというか……確かに俺が目にしてるものの色素は
かなり薄いんだけど……色素が薄すぎて向こう側が見えてる。
俺が見てるのはうっすらと緑色って分かる服。
おそるおそるそこから視線を上げていく。
かなり背が高くて、長い黒髪の男が一人そこに立って……
いや、ふわふわと浮かんでた。
しかも、よりにもよってこいつの瞳も紅だし。
でも、ヴォルデモートみたいに全然暗い感じはしない。
むしろどこか、悲しい感じの瞳の色をしてるように思えた。
「ご、ゴースト?」
ようやく、そいつが俺を見下ろしてきてるのに気がついて、とりあえず
俺はそいつを警戒しながらも、ゆるゆると杖を下ろした。
黙ってた男は首を横に振る。
どこかで囁くような、妙に静かで透き通る声で訂正した。
『いや、我はゴーストなどではない。今、汝が手にしている我の杖に
封じた “記憶” ――』
その言葉に、俺は手にしていた杖をとっさに見る。
いつのまにか光は消えて、温かみのある青い光が灯ってた。
(……き……“記憶” てもしかしなくともアレだったり?
じゃあこの男は――)
「お前……サラザール……スリザリン……なのか?」
『そうだ』
俺の問いかけに男は一つ頷いて、簡単に肯定された。
男、っつーのもなんだし……。
やっぱりサラザールと呼ぶことにする。
よくもあっさり、簡単に頷いてくれたもんだよな……。
俺の心境も知らず、サラザールは言葉を続ける。
『杖が真と認める後継者が現れた時、閉じられた記憶の封印は解かれ、
我がこの姿を現せるようになっているのだ』
「……っていうことは結局、これが俺の杖ってことになるのかよ……。
ってか俺の生気を吸うとか言うなよ?」
あいつの日記みたいに。
『……生気……? ……そんな無駄に近い無益なことなど、
我はしたりせぬ……。この姿を保っていられるのは、杖に宿る
魔力が源なのだから』
無駄に近い、無益なこと――俺は目を細める。
創設者にそんなことを言われてる日記、ドンマイ。
とりあえず生気を座れないのは安心だけど、何でこんなことに。
俺はわけが分からないままに、かりかりと頬をかいた。
NEXT.