蒼は出会う紅の闇
――最初に目に入ったのは、薄暗い闇。
その次に、ぼんやりと窓の外に浮かぶ満月が見えた。
(どこだよ、ここは……?)
周りに見えるのは、石造りの壁に囲まれた薄暗い部屋。
こんな場所は知らない――学校でも家にもない場所。
徐々に覚醒してくる頭の中でぐるぐるとそう考えてみても、
やっぱり俺には全然分からなかった。
背中に冷たくて固い床の感触が伝わってきてるけど、
何だか身体がとてつもなくだるいから、溜息をついてそのまま
仰向けでいた。
(えーと……確か、俺は生徒会室で寝ちゃったんだっけ?)
思い返せば思い返すほど、疑問が生まれてくる。
会長が会議室の鍵を返してくるって出て行ったあと、俺は1人で
生徒会室に残ってまとめた書類の後片付けをしてたはず。
そうしたら、何か急に眠くなって軽くテーブルに突っ伏した。
――それぐらいまでは、とりあえず覚えてる。
(だとしたら……ここ、一体どこだよ……)
部屋の石造りや、壁にある燭台みたいなデザインがどことなく
ヨーロッパとかの西洋っぽい感じがするけど、学校内で寝てる所を
外人に誘拐……されるなんて、まずありえないだろうし。
俺の手足は自由になってる。
ゆっくりと動かせるようになってきてから確認してみると、
別に縛られてたような傷も痛みもない。
誘拐されたんだとしたら、結構、犯人は間抜けじゃね?
何もない部屋に人質をほっぽっておくなんて。
(あー、夕菜は心配してっかなあ?)
電話で話した妹の声が脳裏に甦ってくる。
俺は実妹と物心がついた頃から孤児院で暮らしてる。
両親の顔は知らないし、知る気もまったくない。
俺の家はその孤児院だけだし、家族は院長先生とそこに暮らす皆。
(院長は泣きそうな顔しそうだし……亮一には怒られそうだ)
実は今日、一緒に孤児院に暮らす亮一という夕菜と同い年のと、
いつものようにかけっこ勝負をする約束があった。
亮一は家族一の負けず嫌いだ。
昔からかけっこで俺に勝ったことがなくて、何かと勝負を挑んでくる。
“かけっこ”と簡単に言えど、かなり本気の勝負だ。
たとえ勝負する相手が誰であろうと、唯一プライドを持ってると言っていい
走りで負けるのは、俺としては絶対に嫌だから。
結局、手加減無しで走り、亮一に勝つ。
そして勝負のエンドレスだ。
今日は久しぶりの勝負だったから、俺も楽しみにしてたのに。
(……あれ? 何か、思考が逸れてる気がする……)
『――考察は終わったか?』
かすれてるけど、その声は妙に大きく俺の耳に響いた。
……ようやく俺をここに連れてきた犯人さんのおでましなのかと、
俺は相手に聞こえないくらいの小さな溜息をついた。
右手に体重をかけて眩暈がしないよう、ゆっくり体を起こす。
顔を上げてみると、部屋の奥に男が立ってた。
正確に言うと、1人の男がいて、その後ろに控えるように2人の男。
全員、闇と言われても納得できるような色のマントを着ている。
いや……ええっと――マントっていうか、何て言うんだっけか。
ああそうだ、あれだ、ローブってやつ。
(…………ローブ?)
『考察は終わったかと聞いているのだが、声が出せんのか?』
男はもう一度、かすれているはずなのに何故かはっきり聞こえる声を
冷たく出して俺に言う。
「……出せるけど、考えはまとまってねぇな」
俺が怪訝そうに言うと、後ろの二人にギロッと睨まれた。
(うわ……怖いっていうより何か気味が悪いな)
俺がそいつらを見て顔をしかめながらそんな風に思ってると、
それに気がついた男が睨むのを止めろというように軽く手を上げる。
ちなみに、こいつは気味悪いんじゃなくて嫌な感じだ。
俺はこいつらの服をよくよく見やってみた。
すでに暗闇になれた俺の目に入るのは、やっぱり闇色のローブ。
どこかで見たことがある形のそれを、俺はようやく思い出した。
(あ、そっか! ハリポタみたいなローブなんだ、アレ)
こう見えてもうちの家族は、ハリポタって小説が好きだったりする。
最初は俺が、本屋でベストセラーっていう見出しと表紙に惹かれて、
興味本意で小説を買って読んでみた。
そしたら、かなり面白かった。
だから出てる巻までパッとそろえて共同の図書室に置いてみたら、
いつのまにか読んだらしい家族もハマってた。
『……ふ、突然のことに状況が分からぬか……。まあ、それも
仕方あるまい』
ボスらしき男が、喉の奥を低く鳴らして笑う。
色んな意味でこいつはヤバそうだと、今更ながら考えた。
俺がこんなとこに連れ去られてる時点でヤバそうな自体だけどな。
連れ去られた理由も分からない。
『名は?』
俺に1歩1歩近づきながら、男が問う。
近くに寄ると、男っていうより老人の声だと俺は気づく。
こっちへ来るのが、まるで蠢く闇が近づいてくるみたいで気持ち悪く、
俺はまだちゃんと立てない体を、無理矢理後ろへ移動させる。
とたん。
痛いくらいに、強くあごを上に向けさせられた。
「なっ…… ―――!!」
痛えよ、何すんだ。
――本当は、そんな言葉を怒鳴ろうと思っていた。
でもこいつの顔を間近に見てしまった俺には、あまりの衝撃に
声が出せないくらい、酷く驚くことしか出来なかった。
俺を映すのは紅。
その中に映る紅。
でもこいつのは冷たくて暗くて、血よりも濃い死の色だ。
俺の黒いカラコンは、いつのまにか床で割れていた。
同じだと思いたくない。
だけど。
(……俺とこいつは同じ紅の瞳……)
……ヴォルデ、モート……?
NEXT.